マタイによる福音書20章24節

マタイによる福音書
Generic selectors
完全一致
タイトルから
記事本文から
Post Type Selectors
カテゴリーで絞込

† 福音書縦観 「ゼベダイの子らの願い」 マタイ20:20~28  

マタイ20:20~28  マルコ10:35~45
マタイ20:20~28

Matt.20:24十人の者はこれを聞いて、このふたりの兄弟たち(ヤコブとヨハネ マルコ10:41)のことで憤慨した。 口語訳聖書

† 日本語訳聖書 Matt.20:24 

【漢訳聖書】
Matt.20:24 十徒聞此、則憾二兄弟。

【明治元訳】
Matt.20:24 十人のこれを聞(きき)て二人(ふたり)の兄弟(きやうだい)を憤(いきどほ)れり

【大正文語訳】
Matt.20:24 十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる。

【ラゲ訳】
Matt.20:24 斯て十人の弟子之を聞きて、二人の兄弟を憤りければ、

【口語訳】
Matt.20:24 十人の者はこれを聞いて、このふたりの兄弟たちのことで憤慨した。

【新改訳改訂3】
Matt.20:24  このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた。

【新共同訳】
Matt.20:24 ほかの十人の者はこれを聞いて、この二人の兄弟のことで腹を立てた。

【バルバロ訳】
Matt.20:24 これを聞いていた十人の弟子は、二人の兄弟に腹を立てたので、

【フランシスコ会訳】
Matt.20:24 これを聞いていたほかの十人は、この二人の兄弟に腹を立てた。

【日本正教会訳】
Matt.20:24 十門徒之を聞きて、二人の兄弟を怒れり。

【塚本虎二訳】
Matt.20:24 (ほかの)十人(の弟子)はこれを聞いて、二人の兄弟のことを憤慨した。

【前田護郎訳】
Matt.20:24 それを聞いて十人はふたりの兄弟のことを怒った。

【永井直治訳】
Matt.20:24 かくて〔これを〕聞きて、十〔人〕はこの二兄弟に就きて腹立てたり。

【詳訳聖書】
Matt.20:24 ところが十人〔のほかの弟子たち〕がこの事を聞いた時、このふたりの兄弟たちのことで怒った。

† 聖書引照 Matt.20:24 

Matt.20:24 十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる。

[十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる]  箴言13:10; マル10:41; ルカ22:23-25; Ⅰコリ13:4; ピリ2:3; ヤコ3:14-18; 4:1,5,6; Ⅰペテ5:5

† ギリシャ語聖書 Matt.20:24 

Stephens 1550 Textus Receptus
και ακουσαντες οι δεκα ηγανακτησαν περι των δυο αδελφων

Scrivener 1894 Textus Receptus 
και ακουσαντες οι δεκα ηγανακτησαν περι των δυο αδελφων

Byzantine Majority 
και ακουσαντες οι δεκα ηγανακτησαν περι των δυο αδελφων

Alexandrian 
και ακουσαντες οι δεκα ηγανακτησαν περι των δυο αδελφων

Hort and Westcott 
και ακουσαντες οι δεκα ηγανακτησαν περι των δυο αδελφων

† ギリシャ語聖書 品詞色分け 

Matt.20:24

καὶ ἀκούσαντες οἱ δέκα ἠγανάκτησαν περὶ τῶν δύο ἀδελφῶν.

† ヘブライ語聖書 Matt.20:24 

Matt.20:24

כַּאֲשֶׁר שָׁמְעוּ זֹאת הָעֲשָׂרָה נִתְמַלְּאוּ כַּעַס עַל שְׁנֵי הָאַחִים

† ラテン語聖書 Matt.20:24 

Latin Vulgate
Matt.20:24

Et audientes decem, indignati sunt de duobus fratribus.
And the ten, upon hearing this, became indignant with the two brothers.  

† 私訳(詳訳)Matt.20:24 

【私訳】 「そして、十人はこれを聞いて、二人の兄弟のことで腹を立てた<立腹した、不快に思った、憤慨した>」

† 新約聖書ギリシャ語語句研究 

Matt.20:24

καὶ ἀκούσαντες οἱ δέκα ἠγανάκτησαν περὶ τῶν δύο ἀδελφῶν.

【そして】 καὶ  καί カイ kai {kahee} (ch 接続詞・完)

1)~と、~も、そして 2)~さえ、でさえも 3)しかし 4)しかも、それは 5)それでは、それだのに 6)そうすれば、すなわち 7)のみならず、もまた

(G2532 καί Apparently a primary particle, having a copulative and sometimes also a cumulative force; and, also, even, so, then, too, etc.; often used in connection (or composition) with other particles or small words: – and, also, both, but, even, for, if, indeed, likewise, moreover, or, so, that, then, therefore, when, yea, yet.  Internet Sacred Text Archive)

【10人は】 δέκα  δέκα  デカ deka {dek‘-ah} (apcnm-p 数詞・主男複)

1)10 2)10人の

(G1176 δέκα A primary number; ten: – [eight-] een, ten.  Internet Sacred Text Archive)

【これを聞いて】 ἀκούσαντες  ἀκούω アクーオー akouō {ak-oo‘-o} (vpaanm-p 分詞・1アオ能主男)

1)聞く、傾聴する、伝え聞く 2)耳に入る、知らせを受け取る、聞こえる 3)耳を傾ける、聞き従う、理解する 4)~と呼ばれる

(G191  ἀκούω A primary verb; to hear (in various senses): – give (in the) audience (of), come (to the ears), ([shall]) hear (-er, -ken), be noised, be reported, understand.  Internet Sacred Text Archive)

マタ2:3,9; 7:24; 13:15; 17:5;  マル7:14; 8:18; ルカ2:46; 5:1; 7:22; 8:18; 9:35; 19:48; 20:45;  ヨハ5:24; 9:31;  使徒3:22; 4:19; 12:13; 13:16; 15:12; 22:1;  ロマ10:17;  ガラ3:2,5;  etc.

【二人の】 δύο  δύο  ドゆオ  duo {doo‘-o } (a-cgm-p 数詞・属男複)

1)二人 2)二つの 3)両

(G1417 δύο A primary numeral; “two”: – both, twain, two.  Internet Sacred Text Archive)

【兄弟】 ἀδελφῶν  ἀδελφός   アデるふォス  adelphos { ad-el-fos‘ } (n-gm-p 名詞・属男)

< α  共通の、同じ + δελφύς  胎

1)対の、一対の、兄弟姉妹、自分と同じ親を持つ者、血縁者 2)似た、一致した、同国人、同胞、隣人、人間同志 3)信仰を同じくする人、使命を同じくする者  4)教会の霊的兄弟姉妹

(G80  ἀδελφός From 1 (as a connective particle) and δελφύς delphus (the womb); a brother (literally or figuratively) near or remote (much like [1 ): – brother.  Internet Sacred Text Archive)

マタ12:50; 13:56; 19:29;  マル3:32,35; 6:3; 10:29,30; ルカ10:39,40; 14:26;  ヨハ11:1,3,5,28,39; 19:25; etc.

【のことで】 περὶ.  περί ペリ peri {per-ee‘} (pg 前置詞・属)

1)~のこと、~について、~に関して、~に言及して、のことで、において 2)の周りに、周囲に 3)~のために、~をめぐって、~の故に 4)大体、約

(G4012 περί From the base of 4008 properly through (all over), that is, around; figuratively with respect to; used in various applications, of place, cause or time (with the genitive case denoting the subject or occasion or superlative point; with the accusative case the localitycircuitmattercircumstance or general period): – (there-) about, above, against, at, on behalf of, X and his company, which concern, (as) concerning, for, X how it will go with, ([there-,where-])of, on, over, pertaining (to), for sake, X (e-) state, (as) touching, [where-] by (in), with. In compounds it retains substantially the same meaning of circuit (around), excess (beyond), or completeness (through).  Internet Sacred Text Archive)

【腹を立てた】 ἠγανάκτησαν  ἀγανακτέω  アガナクテオー aganakteō {ag-an-ak-teh‘-o} (viaa–3p 動詞・直・1アオ・能・3複)

1)発酵して泡立つ 2)悲嘆する、不満である 3)立腹する、不快に思う、憤慨する、腹を立てる 4)怒る、憤る

(G23  ἀγανακτέω From ἄγαν agan (much) and ἄχθος achhos̄ (grief; akin to the base of 43 ; to be greatly afflicted, that is, (figuratively) indignant: – be much (sore) displeased, have (be moved with, with) indignation.  Internet Sacred Text Archive)

マタ20:24; 21:15; 46;8;  マル10:14,41: 14:4; ルカ13/14;

† 英語訳聖書 Matt.20:24 

King James Version 
20:24 And when the ten heard [it], they were moved with indignation against the two brethren.

New King James Version
20:24 And when the ten heard it, they were greatly displeased with the two brothers.

American Standard Version 
20:24 And when the ten heard it, they were moved with indignation concerning the two brethren.

New International Version
20:24 When the ten heard about this, they were indignant with the two brothers.

Bible in Basic English 
20:24 And when it came to the ears of the ten, they were angry with the two brothers.

Today’s English Version
20:24 When the other ten disciples heard about this, they became angry with the two brothers.

Darby’s English Translation 
20:24 And the ten, having heard of it, were indignant about the two brothers.

Douay Rheims 
20:24 And the ten hearing it, were moved with indignation against the two brethren.

Noah Webster Bible 
20:24 And when the ten heard it, they were moved with indignation against the two brethren.

Weymouth New Testament 
20:24 The other ten heard of this, and their indignation was aroused against the two brothers.

World English Bible 
20:24 When the ten heard it, they were moved with indignation concerning the two brothers.

Young’s Literal Translation 
20:24 And the ten having heard, were much displeased with the two brothers

Amplified Bible
20:24 And when the [other] ten heard this, they were resentful and angry with the two brothers.

† 細き聲 聖書研究ノート 

 <十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる>

ゼベダイの息子ヤコブとヨハネと母サロメの「抜け駆け」を知って、残りの十人の弟子たちは、二人の兄弟のことで憤った。

 <十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる>

「十人の弟子」とはゼベダイの子ヤコブとヨハネを除くイエスの弟子全員である。彼らはゼベダイの妻サロメとその息子ヤコブとヨハネの「抜け駆け」を怒った。

† 心のデボーション 

「十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる」 マタイ20:24 大正文語訳聖書

「このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた」 新改訳聖書

 「憤慨」

「腹を立てる ἀγανακτέω  アガナクテオー」は「発酵して泡立つ」の意味からくる言葉である。ヤコブとヨハネの行為を知った残りの十人の弟子たちは、ぶどう酒が発酵してブツブツと泡立つように心を怒らせた。それは許しがたい抜け駆けだった。十人の弟子たちが憤慨したのは、先の二人と同じ思いだったからである。

人がうまくやった他人に腹を立てるのは、不正への怒りからではなく同じ思いを抱く自分を隠すためである。

† 心のデボーション 

「十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる」 マタイ20:24 大正文語訳聖書

「このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた」 新改訳聖書

 「小さな火が森を焼く」

ヤコブとヨハネの「抜け駆け」は彼らの問題にとどまらず、十二弟子の残り十名全員の怒りを引き出す。小さな的外れの行為がより大きな混乱をもたらす。小さな火が森を焼く。イエスの十二弟子の間でもそれが起こった。

† 心のデボーション 

「十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる」 マタイ20:24 大正文語訳聖書

「このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた」 新改訳聖書

 「抜け駆け」

戦場では誰が先鋒を務めるか、あらかじめ決められている。しかし、功をあせる者がひそかに抜け出し、先鋒を無視して「一番槍」をとるのが「抜け駆け」である。

ふいに横合いから飛び出して大事な物を奪うのが「鳶(とんび)に油揚げ」であるが、そのようにして奪った「油揚げ」は旨くはあるまい。

† 心のデボーション 

「十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる」 マタイ20:24 大正文語訳聖書

「このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた」 新改訳聖書

 「特別な存在」

人はみなそれぞれに「特別な存在」である。それがわかれば抜きん出た者にならなくてもよくなりそうな気がする。「特別な存在になりたい」と思うのは、それがわからないので求めるのかもしれない。

† 細き聲 説教  

 「神の光」

「十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる」 マタイ20:24 大正文語訳聖書

「このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた」 新改訳聖書

ゼベダイの息子ヤコブとヨハネと母サロメの「抜け駆け」を知って、残りの十人の弟子たちは、二人の兄弟のことで憤った。

「腹を立てる ἀγανακτέω  アガナクテオー」は「発酵して泡立つ」の意味からくる言葉である。ヤコブとヨハネの行為を知った残りの十人の弟子たちは、ぶどう酒が発酵してブツブツと泡立つように心を怒らせた。

十人の弟子たちが憤慨したのは、先の二人と同じ思いだったからである。

人がうまくやった他人に腹を立てるのは、不正への怒りからではなく、同じ思いを抱く自分を隠すためである。

「誰が偉いか?」を問う者は神の国にふさわしくない。ましてや、その思いを隠して腹を立てるなど主の群れにあってはならない。

人間的な、あまりに人間的な思いにも、神の光は届く。

「イエスは彼らに言われた。『まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。』」 ヨハネ12:35~36 新改訳聖書

(皆川誠)

コメント