† 福音書縦観 「悪霊の追放」 マタイ17:14~20
マタイ17:14~20 マルコ9:14~29 ルカ9:37~43
マタイ17:14~20
Matt.17:17イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。 (9:20そこで人々は、その子をみもとに連れてきた。霊がイエスを見るや否や、その子をひきつけさせたので、子は地に倒れ、あわを吹きながらころげまわった。 9:21そこで、イエスが父親に「いつごろから、こんなになったのか」と尋ねられると、父親は答えた、「幼い時からです。 9:22霊はたびたび、この子を火の中、水の中に投げ入れて、殺そうとしました。しかしできますれば、わたしどもをあわれんでお助けください」。 9:23イエスは彼に言われた、「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる」。 9:24その子の父親はすぐ叫んで言った、「信じます。不信仰なわたしを、お助けください」。マルコ9:20~24 9:42ところが、その子がイエスのところに来る時にも、悪霊が彼を引き倒して、引きつけさせた。ルカ9:42)口語訳聖書
† 日本語訳聖書 Matt.17:17
【漢訳聖書】
Matt.17:17 耶穌答曰、答曰、噫、無信悖逆之世乎、我偕爾將幾何時、我忍爾將幾何時乎、攜子就我。
【明治元訳】
Matt.17:17 イエスて曰(いひ)けるは噫(ああ)信(しん)なき曲(まが)れる世(よ)なる哉(かな)われ何時(いつ)まで爾曹(なんぢら)と偕(とも)に居(をら)んや我(われ)いつまで爾曹(なんぢら)を忍(しのば)んや彼(かれ)を我(わが)もとに携(つれ)來(きた)れ
【大正文語訳】
Matt.17:17 イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』
【ラゲ訳】
Matt.17:17 イエズス答へて、嗚呼不信邪惡の代なる哉。我何時まで汝等と共に居らんや、何時まで汝等を忍ばんや。彼を我に携へ來れ、と曰ひて、
【口語訳】
Matt.17:17 イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な、曲った時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。その子をここに、わたしのところに連れてきなさい」。
【新改訳改訂3】
Matt.17:17 イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。その子をわたしのところに連れて来なさい。」
【新共同訳】
Matt.17:17 イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。」
【バルバロ訳】
Matt.17:17 イエズスは、「ああ、なんという不信仰なよこしまな代だろう。私はいつまであなたたちのことを忍ばねばならぬのか。その子を私のところに連れてきなさい」と答えられた。
【フランシスコ会訳】
Matt.17:17 イエスは答えて仰せになった。「ああ、不信仰で邪悪な時代だ。わたしはいつまであなた方とともにおればよいのか。いつまであなた方に辛抱しなければならないのか。その子をここに連れてきなさい」。
【日本正教会訳】
Matt.17:17 イイスス答へて曰へり、噫信なき悖れる世や、我何時までか爾等と偕に在らん、何時までか爾等を忍ばん、彼を此に我に攜へ來れ。
【塚本虎二訳】
Matt.17:17 イエスは答えられた、「ああ不信仰な、腐り果てた時代よ、わたしはいつまであなた達と一しょにおればよいのか。いつまであなた達に我慢しなければならないのか。その子をここにつれて来なさい。」
【前田護郎訳】
Matt.17:17 イエスは答えられた、「不信で曲がった世代よ、わたしはいつまでいっしょか、いつまで辛抱するのか。その子をここにお連れ」と。
【永井直治訳】
Matt.17:17 乃ちイエス答へてへり、ああ、信(まこと)なき且つ曲れる代なるかな、我いつまで汝等のうちにあらんや。我いつまで汝等を忍ばんや。彼をここに我が許に連れ來れ
【詳訳聖書】
Matt.17:17 するとイエスは答えられた、「ああ、あなたたち、不信仰な<曲がった、わがままな、反逆の>、そして、全くよこしまな世代よ、私はいつまであなたたちといっしょにとどまっておられようか。いつまであなたたちにがまんしておられようか。そのむすこをここへ私のところに連れて来なさい」。
† 聖書引照 Matt.17:17
Matt.17:17 イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』
[イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな』] マタ6:30; 8:26; 13:58; 16:8; マル9:19; 16:14; ルカ9:41; 24:25; ヨハ20:27; ヘブ3:16-19
[我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ] 出エ10:3; 16:28; 民数14:11,27; 詩篇95:10; 箴言1:22; 6:9; エレ4:14; 使徒13:18
† ギリシャ語聖書 Matt.17:17
Stephens 1550 Textus Receptus
αποκριθεις δε ο ιησους ειπεν ω γενεα απιστος και διεστραμμενη εως ποτε εσομαι μεθ υμων εως ποτε ανεξομαι υμων φερετε μοι αυτον ωδε
Scrivener 1894 Textus Receptus
αποκριθεις δε ο ιησους ειπεν ω γενεα απιστος και διεστραμμενη εως ποτε εσομαι μεθ υμων εως ποτε ανεξομαι υμων φερετε μοι αυτον ωδε
Byzantine Majority
αποκριθεις δε ο ιησους ειπεν ω γενεα απιστος και διεστραμμενη εως ποτε εσομαι μεθ υμων εως ποτε ανεξομαι υμων φερετε μοι αυτον ωδε
Alexandrian
αποκριθεις δε ο ιησους ειπεν ω γενεα απιστος και διεστραμμενη εως ποτε μεθ υμων εσομαι εως ποτε ανεξομαι υμων φερετε μοι αυτον ωδε
Hort and Westcott
αποκριθεις δε ο ιησους ειπεν ω γενεα απιστος και διεστραμμενη εως ποτε μεθ υμων εσομαι εως ποτε ανεξομαι υμων φερετε μοι αυτον ωδε
† ギリシャ語聖書 品詞色分け
Matt.17:17
ἀποκριθεὶς δὲ ὁ ἰησοῦς εἶπεν, ὦ γενεὰ ἄπιστος καὶ διεστραμμένη, ἕως πότε μεθ᾽ ὑμῶν ἔσομαι; ἕως πότε ἀνέξομαι ὑμῶν; φέρετέ μοι αὐτὸν ὧδε.
† ヘブライ語聖書 Matt.17:17
Matt.17:17
הֵשִׁיב יֵשׁוּעַ וְאָמַר: הוֹי דּוֹר חֲסַר אֱמוּנָה וּמְעַוֵּת דֶּרֶךְ, עַד מָתַי אֶהְיֶה עִמָּכֶם? עַד מָתַי אֶסְבֹּל אֶתְכֶם? הָבִיאוּ אוֹתוֹ הֵנָּה אֵלַי
† ラテン語聖書 Matt.17:17
Latin Vulgate
Matt.17:17
Et increpavit illum Iesus, et exiit ab eo dæmonium, et curatus est puer ex illa hora.
And Jesus rebuked him, and the demon went out of him, and the boy was cured from that hour.
† 私訳(詳訳)Matt.17:17
【私訳】 「しかし、イエスは答えて言われた。『ああ、不信仰の、そして曲がった<歪んだ、横道にそれた>時代だ。わたしはいつまであなた方と一緒にいられるだろうか? わたしはいつまであなた方に我慢して<保持して、従って>いられるだろうか? 彼〔その子ども〕をここに、わたしのところに連れて来なさい』」
† 新約聖書ギリシャ語語句研究
Matt.17:17
ἀποκριθεὶς δὲ ὁ ἰησοῦς εἶπεν, ὦ γενεὰ ἄπιστος καὶ διεστραμμένη, ἕως πότε μεθ᾽ ὑμῶν ἔσομαι; ἕως πότε ἀνέξομαι ὑμῶν; φέρετέ μοι αὐτὸν ὧδε.
【しかし】 δὲ δέ デ de {deh} (ch 接続詞・完)
1)ところで、しかし、さて、そして 2)しかも、そしてまた、なお、すると、また 3)次に、さらに 4)否、むしろ
(G1161 δέ A primary particle (adversative or continuative); but, and, etc.: – also, and, but, moreover, now [often unexpressed in English]. Internet Sacred Text Archive)
【イエスは】 ἰησοῦς ᾽Ιησοῦς イエースウース Iēsous {ee-ay-sooce‘ } (n-nm-s 名詞・主男単)
イエス 意味は「ヤㇵウェは救いである」
「イエス」はヘブル語「 יְהוֺשׁוּעַ イェホーシュア Yehowshuwa` {yeh-ho-shoo’-ah} ”Jehovah is salvation” 主は救い、ヨシュア」の ギリシャ名
(G2424 ᾽Ιησοῦς Of Hebrew origin [3091; Jesus (that is, Jehoshua), the name of our Lord and two (three) other Israelites: – Jesus. H3091 יְהוֹשׁוַּע יְהוֹשׁוַּע yehôshûa‛ yehôshûa‛ yeh-ho-shoo‘-ah,yeh-ho-shoo‘-ah From 3068 and 3467 Jehovah-saved; Jehoshua (that is, Joshua), the Jewish leader: – Jehoshua, Jehoshuah, Joshua. Compare 1954 3442. Internet Sacred Text Archive)
マタ16:16; マル5:7; ルカ1:32; ヨハ1:29,36; 14:6; 6:33,51; ロマ1:16; 3:29; 11:26; 14:9; Ⅰコリ1:24; 2:8; 15:45; Ⅰテモ6:15; ヘブ2:10; 3:6; 9:11,15; 12:24; 黙示1:5,8; 2:8; 3:14 etc.
【お答えになって】 ἀποκριθεὶς ἀποκρίνομαι アポクリノマイ apokrinomai {ap-ok-ree‘-nom-ahee} (vpaonm-s 分詞・1アオ能欠主男単)
< ἀπό + κρίνω 審く、分ける
1)分離する、分ける、区別する、退ける 2)離れる、分かれる、帰着する 3)答える、返答する、答弁する、弁明する、言葉を続ける 4)選ぶ、選び出す
(G611 ἀποκρίνομαι From 575 and κρινω krino ; to conclude for oneself, that is, (by implication) to respond; by Hebraism (compare [6030 ) to begin to speak (where an address is expected): – answer. Internet Sacred Text Archive)
【言われた】 εἶπεν εἶπον エイポン eipon {i‘-pon} (viaa–3s 動詞・直・2アオ・能・3)
εἶπον は ἔπω の2アオリスト形で実際には λέγω のアオリストとして用いられる
1)言う、話す、語る、告げる、言いあらわす、述べる、呼ぶ 2)命じる、願う、尋ねる 3)~と呼ぶ、称する 4)語られたこと、言葉、発言、発話、話の内容 5)出来事
(G2036 ἔπω A primary verb (used only in the definite past tense, the others being borrowed from 2046 4483 and 5346 ; to speak or say (by word or writting): – answer, bid, bring word, call, command, grant, say (on), speak, tell. Compare 3004. Internet Sacred Text Archive)
【ああ】 ὦ ὦ オー ō {o} (qs 不変化詞)
1)おお、ああ
(G5599 ὦ As a sign of the vocative O; as a note of exclamation. oh: – O. Internet Sacred Text Archive)
【信仰のない】 ἄπιστος ἄπιστος アピストス apistos {ap‘-is-tos} (a–vf-s 形容詞・呼女単)
< α + πιστός 忠実な
1)信用できない、不忠実な、信頼できない 2)信じられない、従わない 3)不信仰の、不信の 4)不真実の 5)容易に信じない、疑い深い 6)思いもよらない、不思議な
(G571 ἄπιστος From 1 (as a negative particle) and 4103 (actively) disbelieving, that is, without Christian faith (specifically a heathen); (passively) untrustworthy (person), or incredible (thing): – that believeth not, faithless, incredible thing, infidel, unbeliever (-ing). Internet Sacred Text Archive)
マタ17:16; マル9:19; ルカ9:41
【そして】 καὶ καί カイ kai {kahee} (cc 接続詞・等位)
1)~と、~も、そして 2)~さえ、でさえも 3)しかし 4)しかも、それは 5)それでは、それだのに 6)そうすれば、すなわち 7)のみならず、もまた
(G2532 καί Apparently a primary particle, having a copulative and sometimes also a cumulative force; and, also, even, so, then, too, etc.; often used in connection (or composition) with other particles or small words: – and, also, both, but, even, for, if, indeed, likewise, moreover, or, so, that, then, therefore, when, yea, yet. Internet Sacred Text Archive)
【よこしまな】 διεστραμμένη διαστρέφω ディアストレふォー diastrephō {dee-as-tref‘-o} (vprpvf2s 分詞・完了受呼女)
< διά + στρέφω 向きを変える
1)曲げる、ねじる、歪める 2)脇道に入らせる、そらす 3)惑わす
(G1294 διαστρέφω From 1223 and 4762 to distort, that is, (figuratively) misinterpret, or (morally) corrupt: – perverse (-rt), turn away. Internet Sacred Text Archive)
マタ17:16; ルカ9:41; 使徒13:10; 20:30
【時代だ】 γενεὰ γενεά ゲネア genea {ghen-eh-ah‘} (n-nf-p 名詞・呼女単)
< γίνομαι 成る
1)生まれ、血統、出所、素性 2)家族、部族、民族、国民、人種 3)子孫、末裔 4)出生地、故郷;祖国 5)世代、時代、世、一時代
(G1074 γενεά From (a presumed derivative of) 1085 a generation; by implication an age (the period or the persons): – age, generation, nation, time. Internet Sacred Text Archive)
マタ1:17; 11:16; 12;39,41,42; 16:4; 17:17; 24:34; マル8:12,38; 9:19; ルカ1:48; 7:31; 9:41; 16:8; 使徒2:40; 14:16; 15:21; エペ3:5 etc.
【いつ】 πότε πότε ポテ pote {pot‘-eh} (abt^aptgm-s 副詞・疑/不代 属男単)
1)いつ 2)どの時に 3)何時に
(G4219 πότε From the base of 4226 and 5037 interrogitive adverb, at what time: – + how long, when. Internet Sacred Text Archive)
【まで】 ἕως ἕως へオース heōs {heh‘-oce} (pg 前置詞・属)
1)~まで 2)~するまで 3)ところまで 4)の限度まで 5)に及ぶまで
(G2193 ἕως Of uncertain affinity; a conjugation, preposition and adverb of continuance, until (of time and place): – even (until, unto), (as) far (as), how long, (un-) til (-l), (hither-, un-, up) to, while (-s). Internet Sacred Text Archive)
【あなた方と】 ὑμῶν σύ スゆ sou {soo} (npd-2p 代名詞・属2複)
1)あなた 2)汝 3)君
(G4771 σύ The personal pronoun of the second person singular; thou: – thou. See also 4571 4671 4675 and for the plur. 5209 5210 5213 5216. Internet Sacred Text Archive)
【一緒に】 μεθ᾽ μετά メタ meta {met-ah‘} (pg 前置詞・属)
1)~の真中に、~の間に 2)~と共に、連結、交際、協力、関与、互いに 3)同行、同伴 4)共働、助力 5)一体になる 6)後に、後方に
(G3326 μετά A primary preposition (often used adverbially); properly denoting accompaniment; “amid” (local or causal); modified variously according to the case (genitive case association, or accusative case succession) with which it is joined; occupying an intermediate position between 575 or 1537 and 1519 or 4314 less intimate than 1722 and less close than 4862 : – after (-ward),X that he again, against, among, X and, + follow, hence, hereafter, in, of, (up-) on, + our, X and setting, since, (un-) to, + together, when, with (+ -out). Often used in composition, in substantially the same relations of participation or proximity, and transfer or sequence. Internet Sacred Text Archive)
【いられようか?】 ἔσομαι εἰμί エイミ eimi {i-mee‘} (vifd–1s 動詞・直・未来・能欠・1単)
1)ある、いる、~である、~です、~だ 2)行われる、おこる、生ずる、現れる、来る 3)いる、滞在する、とどまる 4)存在する 5)生きている
(G1510 εἰμί First person singular present indicative; a prolonged form of a primary and defective verb; I exist (used only when emphatic): – am, have been, X it is I, was. See also 1488 1498 1511 1527 2258 2071 2070 2075 2076 2771 2468 5600. Internet Sacred Text Archive)
【いつ】 πότε πότε ポテ pote {pot‘-eh} (abt^aptgm-s 副詞・疑/不代 属男単)
1)いつ 2)どの時に 3)何時に
(G4219 πότε From the base of 4226 and 5037 interrogitive adverb, at what time: – + how long, when. Internet Sacred Text Archive)
【まで】 ἕως ἕως へオース heōs {heh‘-oce} (pg 前置詞・属)
1)~まで 2)~するまで 3)ところまで 4)の限度まで 5)に及ぶまで
(G2193 ἕως Of uncertain affinity; a conjugation, preposition and adverb of continuance, until (of time and place): – even (until, unto), (as) far (as), how long, (un-) til (-l), (hither-, un-, up) to, while (-s). Internet Sacred Text Archive)
【あなた方に】 ὑμῶν σύ スゆ sou {soo} (npg-2p 代名詞・属2複)
1)あなた 2)汝 3)君
(G4771 σύ The personal pronoun of the second person singular; thou: – thou. See also 4571 4671 4675 and for the plur. 5209 5210 5213 5216. Internet Sacred Text Archive)
【我慢しなければならないのか?】 ἀνέξομαι ἀνέχομαι アネこマイ anechomai {an-ekh‘-om-ahee} (vifm–1s 動詞・直・未来・中・1単)
1)忍ぶ、我慢する、耐える、耐え忍ぶ 2)耳を貸す、耳を傾ける、従う 3)高く上げる、掲げる 4)保つ、保持する
(G430 ἀνέχομαι Middle voice from 303 and 2192 to hold oneself up against, that is, (figuratively) put up with: – bear with endure, forbear, suffer. Internet Sacred Text Archive)
マタ17:17; マル9:19; ルカ9:41; Ⅰコリ4:12; Ⅱコリ11;1m4,19,20; ピリ4:2; コロ3:13; 黙示1:4
【彼を】 αὐτὸν αὐτός アウトス autos {ow-tos‘} (npam3s 代名詞・対男3)
1)彼、彼女、それ(三人称の代名詞) 2)自身で、自分から、自分として(強調用法) 3)同じ同一の 4)まさに、ちょうど
(G846 αὐτός From the particle αὖ au (perhaps akin to the base of 109 through the idea of a baffling wind; backward); the reflexive pronoun self, used (alone or in the compound of 1438 of the third person, and (with the proper personal pronoun) of the other persons: – her, it (-self), one, the other, (mine) own, said, ([self-], the) same, ([him-, my-, thy-]) self, [your-] selves, she, that, their (-s), them ([-selves]), there [-at, -by, -in, -into, -of, -on, -with], they, (these) things, this (man), those, together, very, which. Compare 848. Internet Sacred Text Archive)
【ここに】 ὧδε ὧδε ホーデ h ōde {ho‘-deh} (ab 副詞)
1)ここに、ここで 2)この場所 3)ここ 4)このように、そのように 5)次のように、以上のように 6)この点で、この場合
(G5602 ὧδε From an adverb form of 3592 in this same spot, that is, here or hither: – here, hither, (in) this place, there. Internet Sacred Text Archive)
【わたしに】 μοι ἐγώ エゴー egō {eg-o‘} (npd-1s 代名詞・与1単)
1)私 2)わたし
(G1473 ἐγώ A primary pronoun of the first person, “I” (only expressed when emphatic): – I, me. For the other cases and the plural see 1691 1698 1700 2248 2249 2254 2257 etc. Internet Sacred Text Archive)
【連れて来なさい】 φέρετέ φέρω ふェロー pherō̄ {fer‘-o} (vmpa–2p 動詞・命・現・能・2複)
1)運ぶ、持って行く 2)実を結ぶ、生じる、生む 3)連れて行く、連行する 4)担う、負う、支える、保持する 5)述べる、語る 6)耐える、忍ぶ
(G5342 φέρω A primary verb (for which other and apparently not cognate ones are used in certain tenses only; namely οἴω oiō̄̄ and ἐνέγκω enegkō̄ to “bear” or carry (in a very wide application, literally and figuratively: – be,bear, bring (forth), carry, come, + let her drive, be driven, endure, go on, lay, lead, move, reach, rushing, uphold. Internet Sacred Text Archive)
マタ14:11,18; マル6:27,28; 12:15,16; ヨハ2:8; 4:33; 21:10; etc.
† 英語訳聖書 Matt.17:17
King James Version
17:17 Then Jesus answered and said, O faithless and perverse generation, how long shall I be with you? how long shall I suffer you? bring him hither to me.
New King James Version
17:17 Then Jesus answered and said, “O faithless and perverse generation, how long shall I be with you? How long shall I bear with you? Bring him here to Me.”
American Standard Version
17:17 And Jesus answered and said, O faithless and perverse generation, how long shall I be with you? how long shall I bear with you? bring him hither to me.
New International Version
17:17 “O unbelieving and perverse generation,” Jesus replied, “how long shall I stay with you? How long shall I put up with you? Bring the boy here to me.”
Bible in Basic English
17:17 And Jesus, answering, said, O false and foolish generation, how long will I be with you? how long will I put up with you? let him come here to me.
Today’s English Version
17:17 Jesus answered, “How unbelieving and wrong you people are! How long must I stay with you? How long do I have to put up with you? Bring the boy here to me!”
Darby’s English Translation
17:17 And Jesus answering said, O unbelieving and perverted generation, how long shall I be with you? how long shall I bear with you? Bring him here to me.
Douay Rheims
17:17 Then Jesus answered and said: O unbelieving and perverse generation, how long shall I be with you? How long shall I suffer you? bring him hither to me.
Noah Webster Bible
17:17 Then Jesus answered and said, O faithless and perverse generation, how long shall I be with you? how long shall I suffer you? bring him hither to me.
Weymouth New Testament
17:17 ‘O unbelieving and perverse generation!’ replied Jesus; ‘how long shall I be with you? how long shall I endure you? Bring him to me.’
World English Bible
17:17 Jesus answered, ‘Faithless and perverse generation! How long will I be with you? How long will I bear with you? Bring him here to me.’
Young’s Literal Translation
17:17 And Jesus answering said, ‘O generation, unstedfast and perverse, till when shall I be with you? till when shall I bear you? bring him to me hither;’
Amplified Bible
17:17 And Jesus answered, “You unbelieving and perverted generation, how long shall I be with you? How long shall I put up with you? Bring him here to Me.”
† 細き聲 聖書研究ノート
<イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』>
弟子たちはイエスのように男の息子のために癒しを祈ったが、かなわなかった。そこで、イエスは弟子たちの「信なき曲がれる信仰を嘆かれ、その子を連れてくるように命じられた。
<ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん>
「信なき曲れる代」、「曲がれる διαστρέφω ディアストレふォー」は「ねじれる、歪められる、脇道に入らせる、惑わす」の意味。
<その子を我に連れきたれ>
マルコ並行記事はこの子どもについて詳しく報告している。
イエスが「その子を我に連れきたれ」と言われると、「人々は、その子をみもとに連れてきた。霊がイエスを見るや否や、その子をひきつけさせたので、子は地に倒れ、あわを吹きながらころげまわった」(マルコ9:20)。
「そこで、イエスが父親に『いつごろから、こんなになったのか』と尋ねられると、父親は答えた、『幼い時からです。霊はたびたび、この子を火の中、水の中に投げ入れて、殺そうとしました。しかしできますれば、わたしどもをあわれんでお助けください』。イエスは彼に言われた、『もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる』。その子の父親はすぐ叫んで言った、『信じます。不信仰なわたしを、お助けください』」。(マルコ9:20~24)
<信仰の自立>
イエスは「いつまでもあなた方と共にいられるわけではない」と弟子たちに言われる。「共に μετά メタ」は「後ろに」の意味にも使われる。イエスは「インマヌエル 神は我らと共におられる」(マタイ1:23)と呼ばれる。しかし、それは神への依存に人を導くものではない。子どもが成長すれば親が見えないところにいても不安ではなくなる。自立した信仰もまた、神が見えないところでも神が共におられることを信じるのである。
イエスはまもなく弟子たちからとられる。弟子たちは、一刻も早く信仰の自立をはからなければならなかった。
† 心のデボーション
「イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』」 マタイ17:17 大正文語訳聖書
「イエスはお答えになった。『なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。』」 新共同訳聖書
「隠れがなかるべし」
「災いなるかな、弱りたる心の人々。彼らは信ぜざる故に隠れがなかるべし」(ベン=シラの知恵2:13)
弟子たちはイエスの不在中に、やっかいな騒動に巻き込まれる。神への信仰の「弱りたる心」は「隠れ」を失う。
神が彼らを「庇われない」からである。
† 心のデボーション
「イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』」 マタイ17:17 大正文語訳聖書
「イエスはお答えになった。『なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。』」 新共同訳聖書
「曲がれる代」
「曲がれる διαστρέφω ディアストレふォー」は「ねじれる、歪められる、脇道に入らせる、惑わす」の意味。
物事がことごとく脇道にそらせられるとき、その「信」を疑うべきである。物事をあるべき所に置くことから「信」が戻ることがある。
† 心のデボーション
「イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』」 マタイ17:17 大正文語訳聖書
「イエスはお答えになった。『なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。』」 新共同訳聖書
「ただ、主に祈れ」
弟子たちは子どもの頭に手を置いて「癒し」を試みたができなかった。
病を癒せたとき、神を恐れよ。サタンが戸口に立っている。
病を癒せないとき、神を恐れよ。サタンが戸口に立っている。
ただ、主に祈れ。神癒し給う。
† 細き聲 説教
「信仰の自立」
「イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』」 マタイ17:17 大正文語訳聖書
「イエスはお答えになった。『なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。』」 新共同訳聖書
「信なき曲れる代」、「曲がれる διαστρέφω ディアストレふォー」は「ねじれる、歪められる、脇道に入らせる、惑わす」の意味。
イエスは「いつまでもあなた方と共にいられるわけではない」と弟子たちに言われる。
「共に μετά メタ」は「後ろに」の意味にも使われる。
イエスは「インマヌエル 神は我らと共におられる」(マタイ1:23)。しかし、それは神への依存に人を導くものではない。子どもが成長すれば親が見えないところにいても不安ではなくなる。自立した信仰もまた、神が見えないところでも神が共におられることを信じるのである。
イエスはまもなく弟子たちからとられる。弟子たちは、一刻も早く信仰の自立をはからなければならなかった。
「信仰の自立」はイエスから離れることではない。
個人の内にイエスが迎えられ、主の教会がたちあがることである。
(皆川誠)
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