† 福音書対観 「四人の弟子」 マタイ4:18~22
マタイ4:18~22 マルコ1:16~20 ルカ5:1~11 ヨハネ1:35~42
Matt.4:18さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
(1:35その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、 1:36イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。 1:37そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った。 1:38イエスはふり向き、彼らがついてくるのを見て言われた、「何か願いがあるのか」。彼らは言った、「ラビ(訳して言えば、先生)どこにおとまりなのですか」。 1:39イエスは彼らに言われた、「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」。そこで彼らはついて行って、イエスの泊まっておられる所を見た。そして、その日はイエスのところに泊まった。時は午後四時ごろであった。 1:40ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。 1:41彼はまず自分の兄弟シモンに出会って言った、「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」。 1:42そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼に目をとめて言われた、「あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする」。 ヨハネ1:35~42
さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、 5:2そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。5:3その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。 5:4話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。 5:5シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。 5:6そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。 5:7そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。 5:8これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。 5:9彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。 5:10シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。ルカ5:1~10)
口語訳聖書
† 日本語訳聖書 Matt. 4:18
【漢訳聖書】
Matt. 4:18 耶穌行於加利利海濱、見有兄弟二人、西門稱彼得、與其兄弟安得烈、投網於海、蓋彼乃漁者也。
【明治元訳】
Matt. 4:18 イエス、ガリラヤの海邊(うみべ)を歩(あゆみ)て、ペテロと云(いふ)シモンその兄弟(きやうだい)アンデレと二人(ふたり)にて海(うみ)に網(あみ)うてるを見(み)たり彼等(かれら)は漁者(すなどりびと)なり
【大正文語訳】
Matt. 4:18 かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり。
【ラゲ訳】
Matt. 4:18 イエズスガリレアの湖辺を歩み給ふに、二人の兄弟、即ペトロと呼ばるるシモンと、其兄弟アンデレアとの湖に網打てるを見、――二人は漁師なりき――
【口語訳】
Matt. 4:18 さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
【新改訳改訂3】
Matt. 4:18 イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。
【新共同訳】
Matt. 4:18 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。
【バルバロ訳】
Matt. 4:18 さて、ガリラヤの海辺を歩いておられたイエズスは、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンドレアが、海に網を打っているのに会われた。二人は漁師だった。
【フランシスコ会訳】
Matt. 4:18 イエズスはガリラヤの湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレとが、湖に投網を打っているのをごらんになった。二人は漁師であった。
【日本正教会訳】
Matt. 4:18 ガリレヤの海邊(うみべ)を行く時、彼は兄弟(けいてい)二人、卽(すなはち)シモン稱(しよう)してペトロと曰ふ者、及び其兄弟アンドレイが、網を海に施(ほどこ)せるを見たり、蓋(けだし)彼等は漁者(ぎよしや)なりき。
【塚本虎二訳】
Matt. 4:18 ガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、二人の兄弟、ペテロと言われたシモンとその兄弟アンデレとが、湖で網を打っているのを見られた。彼らは漁師であった。
【前田護郎訳】
Matt. 4:18 ガリラヤ湖畔を歩まれたとき、ふたりの兄弟、ペテロことシモンとその兄弟アンデレがお目にとまった。彼らが湖に網を打っているときであった。彼らは漁夫であった。
【永井直治訳】
Matt. 4:18 かくてイエスはガリラヤの海の邊を歩みつつ、海に投網を投ぐる、ペテロと云はるるシモンと、その兄弟なるアンデレとの二兄弟を見給へり。そは彼等は漁り人なりければなり。
【詳訳聖書】
Matt. 4:18 それからガリラヤ湖に沿って歩いておられる時、イエスはふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが湖に引き網を投げているのに目を留められた。彼らは漁夫であった。
† 聖書引照 Matt. 4:18
Matt. 4:18 かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり。
[かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて] マタ1:16~18; ルカ5:2
[二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが] マタ10:2; ルカ6:14; ヨハ1:40~42; 6:8
[海に網うちをるを見給ふ] マタ15:29; 民数34:11; 申命3:17; Chinnereth. ルカ5:1; lake of Gennesaret. ヨハ6:1; 21:1; sea of Tiberias.
[かれらは漁人なり] 出エ:1,10; 士師6:11,12; Ⅰ列王19:19~21; 詩篇78:70~72; アモ7:14,15; Ⅰコリ1:27~29
† ギリシャ語聖書 Matt. 4:18
Stephens 1550 Textus Receptus
περιπατων δε ο ιησουσ παρα την θαλασσαν της γαλιλαιας ειδεν δυο αδελφους σιμωνα τον λεγομενον πετρον και ανδρεαν τον αδελφον αυτου βαλλοντας αμφιβληστρον εις την θαλασσαν ησαν γαρ αλιεις
Scrivener 1894 Textus Receptus
περιπατων δε ο ιησουσ παρα την θαλασσαν της γαλιλαιας ειδεν δυο αδελφους σιμωνα τον λεγομενον πετρον και ανδρεαν τον αδελφον αυτου βαλλοντας αμφιβληστρον εις την θαλασσαν ησαν γαρ αλιεις
Byzantine Majority
περιπατων δε παρα την θαλασσαν της γαλιλαιας ειδεν δυο αδελφους σιμωνα τον λεγομενον πετρον και ανδρεαν τον αδελφον αυτου βαλλοντας αμφιβληστρον εις την θαλασσαν ησαν γαρ αλιεις
Alexandrian
περιπατων δε παρα την θαλασσαν της γαλιλαιας ειδεν δυο αδελφους σιμωνα τον λεγομενον πετρον και ανδρεαν τον αδελφον αυτου βαλλοντας αμφιβληστρον εις την θαλασσαν ησαν γαρ αλιεις
Hort and Westcott
περιπατων δε παρα την θαλασσαν της γαλιλαιας ειδεν δυο αδελφους σιμωνα τον λεγομενον πετρον και ανδρεαν τον αδελφον αυτου βαλλοντας αμφιβληστρον εις την θαλασσαν ησαν γαρ αλιεις
† ギリシャ語聖書 Interlinear
Matt. 4:18
Περιπατῶν δὲ παρὰ τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας εἶδεν δύο ἀδελφούς, Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον καὶ ᾽Ανδρέαν τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ, βάλλοντας ἀμφίβληστρον εἰς τὴν θάλασσαν ἦσαν γὰρ ἁλιεῖς.
Περιπατῶν δὲ παρὰ τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας εἶδεν δύο ἀδελφούς,
walking And beside the sea of Galilee, he saw two brothers,
Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον καὶ ᾽Ανδρέαν τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ,
Simon called Peter, and Andrew the brother of him,
βάλλοντας ἀμφίβληστρον εἰς τὴν θάλασσαν ἦσαν γὰρ ἁλιεῖς.
casting a net into the sea: they were for fishers.
† ギリシャ語聖書 品詞色分け
Matt. 4:18
Περιπατῶν δὲ παρὰ τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας εἶδεν δύο ἀδελφούς, Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον καὶ ᾽Ανδρέαν τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ, βάλλοντας ἀμφίβληστρον εἰς τὴν θάλασσαν ἦσαν γὰρ ἁλιεῖς.
† ラテン語聖書 Matt. 4:18
Latin Vulgate
Matt. 4:18
Ambulans autem Iesus iuxta Mare Galilææ, vidit duos fratres, Simonem, qui vocatur Petrus, et Andream fratrem eius, mittentes rete in mare, (erant enim piscatores)
And Jesus, walking near the Sea of Galilee, saw two brothers, Simon who is called Peter, and his brother Andrew, casting a net into the sea (for they were fishermen).
† ヘブライ語聖書 Matt. 4:18
Matt. 4:18
כְּשֶׁהָלַךְ לְיַד יָם הַגָּלִיל רָאָה שְׁנֵי אַחִים, אֶת שִׁמְעוֹן הַנִּקְרָא כֵּיפָא וְאֶת אַנְדְּרֵי אָחִיו, מַשְׁלִיכִים רֶשֶׁת לְתוֹךְ הַיָּם, כִּי הָיוּ דַּיָּגִים
† 私訳(詳訳)Matt. 4:18
【私訳】 「さて、彼〔イエス〕がガリラヤ湖のほとりを歩いておられると、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが湖に網<投網>を投げている<仕掛けている>のを御覧になった。というのも彼らは漁師<漁師、船乗り>であったからである」
† 新約聖書ギリシャ語語句研究
Matt. 4:18
Περιπατῶν δὲ παρὰ τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας εἶδεν δύο ἀδελφούς, Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον καὶ ᾽Ανδρέαν τὸν ἀδελφὸν αὐτοῦ, βάλλοντας ἀμφίβληστρον εἰς τὴν θάλασσαν ἦσαν γὰρ ἁλιεῖς.
【さて】 δὲ δέ デ de {deh} (cc 接続詞・等位)
1)ところで、しかし、さて、そして 2)しかも、そしてまた、なお、すると、また 3)次に、さらに 4)否、むしろ
【ガリラヤ湖の】 τὴν θάλασσαν τῆς Γαλιλαίας
【ガリラヤ】 Γαλιλαίας Γαλιλαία ガりらイア Galilaia {gal-il-ah-yah} (n-gf-s 名詞・属女単)
ガリラヤ ヘブル地名「周辺」 パレスチナ北部地域を指す。(バークレイは「ガリラヤ」はヘブル語「ガリル 環」からきているとする)ガリラヤ地方は異邦の民が多く居住し、ユダヤ人との混血も行なわれたところから「霊的暗黒の地」とされた。
マタ2:22; 3:13; 4:12,15,18,23,25; 15:29; 17:22; 19:1; 21:11; 26:32; 27:55; 28:7,10,16; マ1:9,14,16,28,39:3:7; 6:21: 7:31; 9:30; 14:28; 15:41; 16:7 etc.
【湖の】 θάλασσαν θάλασσα たらスサ thalassa {thal‘-as-sah} (n-af-s 名詞・対女単)
1)海、湖 2)海洋、湖水、海水、塩井 3)紅海 4)地中海
マタ4:15,18; 8:24,26,27,32; 13:1,47; 14:25,26; 15:26; 17:27; 18:6; 21:21; 23:15; etc.
【ほとりを】 παρὰ παρά パラ para {par-ah‘} (pa 前置詞・対)
1)~から 2)の傍らで 3)の所へ
【歩いておられたとき】 Περιπατῶν περιπατέω ペリパテオー peripateō {per-ee-pat-eh‘-o} (vppanm-s 分詞・現能主男単)
< περί まわり + πατέω 歩く
1)歩く、歩む、歩き回る、徘徊する、ぶらぶら歩く、散歩する 2)留まる 3)生きる、生活する 4)日を過ごす、生涯を送る、人生を生きる 5)振舞う、行動する
マタ4:18; 9:5; 11:5; 14:25,26,29; 15:31; マル2:9; 5:42; 6:48,49; 7:5; 11:27; 12:38; 16:12; ルカ5:; 7:22; 11:44; 20:46; 24:17 etc.
【二人の】 δύο δύο ドゆオ duo {doo‘-o } (a-cam-p 数詞・対男複)
1)二人 2)二つの 3)両
【兄弟】 ἀδελφούς ἀδελφός アデるふォス adelphos { ad-el-fos‘ } (n-am-p 名詞・対男)
< α 共通の、同じ + δελφύς 胎
1)対の、一対の、兄弟姉妹、自分と同じ親を持つ者、血縁者 2)似た、一致した、同国人、同胞、隣人、人間同志 3)信仰を同じくする人、使命を同じくする者 4)教会の霊的兄弟姉妹
マタ5:22; 12:46~50; 23:8; 25:40; 28:10; 使徒2:20; ロマ1:13; 9:3; 16:23
【ペトロと】 Πέτρον Πέτρος ペトロス Petros {pet‘-ros } (n-am-s 名詞・対男単)
ペテロ 「岩」の意味。 ヨナの子で兄弟アンデレと共に、漁業に従事していた
マタ4:18; 8:14; 10:2; 14:28,29; 15:15; 16:16,18,22,23; 17:1,4,24; 18:21; 19:27; 26:33,35,37,40,58,69,73,75 etc.
【呼ばれる】 λεγόμενον λέγω れゴー legō {leg‘-o} (vpppam-s 分詞・現受対男)
1)言う、告げる、語る、話す、言い表す、述べる 2)呼ぶ、命ずる、指図する、言いつける 3)名づける、称する、呼びかける 4)意味する、指す
マタ1:20; 2:23; 5:44; 9:14,34; マル2:11; 5:9; 12:18; ルカ5:39; 6:46; 20:41; ヨハ1:29; 2:6; 16:12; etc.
【シモン】 Σίμωνα Σίμων シモーン Simōn {see‘-mone} (n-am-s 名詞・対男単)
シモン へブル名シメオンのギリシャ語名 ヘブル名「聴く」
マタ4:18; 10:2; 16:16,17; 17:25; マル1:16,29,30,36,3:16; 14:37 etc.
【と】 καὶ καί カイ kai {kahee} (cc 接続詞・等位)
1)~と、~も、そして 2)~さえ、でさえも 3)しかし 4)しかも、それは 5)それでは、それだのに 6)そうすれば、すなわち 7)のみならず、もまた
【彼の】 αὐτοῦ αὐτός アウトス autos {ow-tos‘} (npgm3s 代名詞・属男3)
1)彼、彼女、それ(三人称の代名詞) 2)自身で、自分から、自分として(強調用法) 3)同じ同一の 4)まさに、ちょうど
【兄弟】 ἀδελφούς ἀδελφός アデるふォス adelphos { ad-el-fos‘ } (n-am-s 名詞・対男)
< α 共通の、同じ + δελφύς 胎
1)対の、一対の、兄弟姉妹、自分と同じ親を持つ者、血縁者 2)似た、一致した、同国人、同胞、隣人、人間同志 3)信仰を同じくする人、使命を同じくする者 4)教会の霊的兄弟姉妹
マタ5:22; 12:46~50; 23:8; 25:40; 28:10; 使徒2:20; ロマ1:13; 9:3; 16:23
【アンデレが】 ᾽Ανδρέαν ᾽Ανδρέας アンドレアス Andreas {an-dreh‘-as } (n-am-s 名詞・対男単)
アンデレ 人名「男らしい」
マタ4:18; 10:2; マル1:16,29; 3:18; 13:3; ルカ6:14; ヨハ1:40,44; 6:8; 12:23; 使徒1:13
【湖】 θάλασσαν θάλασσα たらスサ thalassa {thal‘-as-sah} (n-af-s 名詞・対女)
1)海、湖 2)海洋、湖水、海水、塩井 3)紅海 4)地中海
マタ4:15,18; 8:24,26,27,32; 13:1,47; 14:25,26; 15:26; 17:27; 18:6; 21:21; 23:15; etc.
【で】 εἰς εἰς エイス eis {ice} (pa 前置詞・対)
1)~の中へ 2)~へ 3)~まで 4)~のために 5)~に対して 6)~に向かって 7)~を目標にして 8)の間に
【網を】 ἀμφίβληστρον ἀμφίβληστρον アムふィブレーストロン amphiblēstron {am-fib‘-lace-tron } (n-an-s 名詞・対中単)
1)取り巻くもの 2)衣服、被い 3)投網の網
マタ4:18;
【打っている】 βάλλοντας βάλλω バるろー ballō {bal‘-lo} (vppaam-p 分詞・現能対男複)
1)投げる、投げつける、投じる、投げ捨てる、落とす 2)撒く、ふりかける 3)打つ 4)突進する、ぶつかる 5)置く、入れる、横たえる 6)注ぐ 7)納める
(元来、武器や飛び道具を投げること)
マタ3:10; 4:6; 5:29; 6:30; 7:6,19; 13:42,50; 18:8,9; マル9:22,42,45,47,12:41,42,43,44; ルカ3:9; 4:9;12:28,58; 21:1,2,3,4; ヨハ15:6 etc.
【御覧になった】 εἶδεν εἶδω エイドー eidō {i‘-do} (viaa–3s 動詞・直・2アオ・能・3単)
1)見る、~の方を見る、目で見る 2)知る、味わう、経験する、見て知る、洞察する、理解する、悟る、認める 3)探す、考える、心に調べる、分かる、見つける
マタ2:2; 4:26;27:49; 14:14; 28:6; マル1:10,16; 2:1; 8:33; ルカ5:26; 7:22;14:18; ヨハ1:47,48; 6:26;7:52;19:6; 使徒9:35; 12:16; ガラ1:19; Ⅰテモ6:16 etc.
【というのは】 γὰρ γάρ ガル gar {gar} (cs 接続詞・従位)
1)なぜなら、というのは、その理由は、だから 2)すなわち、では、いったい、結局 4)確かに、もちろん、だって
【漁師】 ἁλιεῖς ἁλιεύς ハりエウス halieus {hal-ee-yoos‘} (n-nm-p 名詞・主男複)
< ἅλς 海、塩、塩水
1)漁師、漁夫 2)船乗り
マタ4:18,19; マル1:16,17; ルカ5:2;
【彼らは~だった】 ἦσαν εἰμί エイミ eimi {i-mee‘} (viia–3p 動詞・直・未完・能・3複)
1)ある、いる、~である、~です、~だ 2)行われる、おこる、生ずる、現れる、来る 3)いる、滞在する、とどまる 4)存在する 5)生きている
† 英語訳聖書 Matt. 4:18
King James Version
4:18 And Jesus, walking by the sea of Galilee, saw two brethren, Simon called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea: for they were fishers.
American Standard Version
4:18 And walking by the sea of Galilee, he saw two brethren, Simon who is called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea; for they were fishers.
New International Version
4:18 As Jesus was walking beside the Sea of Galilee, he saw two brothers, Simon called Peter and his brother Andrew. They were casting a net into the lake, for they were fishermen.
Bible in Basic English
4:18 And when he was walking by the sea of Galilee, he saw two brothers, Simon, whose other name was Peter, and Andrew, his brother, who were putting a net into the sea; for they were fishermen.
Darby’s English Translation
4:18 And walking by the sea of Galilee, he saw two brothers, Simon called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea, for they were fishers;
Douay Rheims
4:18 And Jesus walking by the sea of Galilee, saw two brethren, Simon who is called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea (for they were fishers).
Noah Webster Bible
4:18 And Jesus, walking by the sea of Galilee, saw two brethren, Simon called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea: for they were fishers.
Weymouth New Testament
4:18 And walking along the shore of the Lake of Galilee He saw two brothers–Simon called Peter and his brother Andrew–throwing a drag-net into the Lake; for they were fishers.
World English Bible
4:18 Walking by the sea of Galilee, he saw two brothers: Simon, who is called Peter, and Andrew, his brother, casting a net into the sea; for they were fishermen.
Young’s Literal Translation
4:18 And Jesus, walking by the sea of Galilee, saw two brothers, Simon named Peter and Andrew his brother, casting a drag into the sea — for they were fishers —
Amplified Bible
4:18 As Jesus was walking by the Sea of Galilee, He noticed two brothers, Simon who was called Peter, and Andrew his brother, casting a net into the sea; for they were fishermen.
† 細き聲 聖書研究ノート
<かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり>
イエスはガリラヤ湖のほとりのベツサイダ漁村に行かれ、船で網を仕掛けているペテロとアンデレをご覧になった。彼らは兄弟で漁師であった。
<歩き回られるイエス>
「歩いておられるとき περιπατέω ペリパテオー」は「歩き回って」。人は偶然のようにしてイエスに出会う。しかし、それはイエスが我らの周辺を歩き回られることによる。
<ガリラヤ湖>
ガリラヤ湖は「キネレテ(キンネレテ)湖」とも呼ばれる。(民数記34:11)
「キネレテ」は「竪琴」の意味で、湖の形が竪琴に似ていることからその名がつけられた。
ガリラヤ湖はその他に「テベリヤ湖」(ヨハネ6:1)、「ゲネサレ湖」(ルカ5:1)などの呼称がある。
地中海面下212メートル、南北20キロ、東西12キロ、最大水深228メートルの淡水湖である。
<シモンと呼ばれたペトロ>
「シモンと呼ばれたペトロ Σίμωνα τὸν λεγόμενον Πέτρον」はガリラヤ湖の東北岸ベツサイダに住む漁師だった。イエスと出会ったとき、すでに結婚し家庭をもっていた。(マルコ1:30)
「ペトロ」は「シメオン」(使徒15:14)、「シモン」(マタイ4:18)、「ケパ」(ヨハネ1:42)の4つの名を持っている。ペトロはイエスの十二弟子の中心として働き、ローマで皇帝ネロの迫害を受けて殉教したと言われている。
1895年、ポーランドの作家ヘンリク・シェンキェヴィチによって書かれた歴史小説『クォ・ヴァディス』にはネロの迫害により殉教するペトロが描かれている。
迫害が迫る中、多くのキリスト教徒はローマを脱出していく。ペトロは最後までローマに留まろうとするが、人々の強い要請をうけて、ついにローマを離れる。夜中にアッピアの街道でローマに向かって歩いてくるイエスを見る。ペトロは驚き、「Quo vadis, Domine? (主よ、何処にか行き給うや)」と問いかける。するとイエスは「汝、我が民を見捨てなば、我、ローマに行きて今一度十字架にかからん」と答える。
ペトロは気を失ってしまうが、起き上がって、ローマにむかって引き返し、捕らえられて十字架にかけられて殉教する。
<アンデレ>
「アンデレ ᾽Ανδρέας アンドレアス」は、「男らしい」の意味。東方教会ではアンデレは「最初に呼ばれた者」(πρωτο κλητος プロートクレートス)と呼ばれる。伝説によると彼は小アジアに福音を伝え、ギリシャのパトラスで西暦60年頃に殉教した。処刑に使われた十字架はX型の十字架で、以来「アンデレの十字架」と呼ばれるようになった。
アンデレは漁師の保護者、またスコットランドの保護者とされ、特に東方教会では、特別な保護者として敬われている。1964年1月5日パウロ6世は、」東方教会の頭であるアテナゴラスに和解のしるしとして、アンデレの頭の遺骨を返したという。(X型のセント・アンドリュウス・クロスはスコットランド国旗、ロシア海軍軍艦旗、カナダのノバスコシア州旗などに用いられている)
<網を打つ>
ペトロの漁は、小舟で海に乗り出し、網を打って魚を捕らえる「投網漁」だった。これは当時の漁業の一般的な漁法である。
ガリラヤ湖は魚影も濃く、現在も「聖ペトロの魚」と呼ばれる「ティラピア」をはじめ、二十数種類の魚が捕れる。
† 心のデボーション
「かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり」 マタイ4:18 大正文語訳聖書
「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった」 新共同訳聖書
「自分の場」
イエスはガリラヤ湖で網を打つペトロとアンデレをご覧になった。
人は「自分の場」で神に見出される。神に見出されることによって「私」を知る。
イエスは必ず、「あなた」が営まれているところに訪ねてこられるだろう。
† 心のデボーション
「かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり」 マタイ4:18 大正文語訳聖書
「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった」 新共同訳聖書
「シモン」
「シモン Σίμων シモーン」はヘブル語で「聴く」の意味。
自分に語りかけるイエスに「聴く」ことがペトロの生涯に決定的な転機をもたらすことになった。
† 細き聲 説教
「ガリラヤ湖のほとり」
「かくて、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ、かれらは漁人なり」 マタイ4:18 大正文語訳聖書
「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった」 新共同訳聖書
ペテロとアンデレの兄弟がイエスの弟子となった経緯について、マタイは簡素に伝えているが、ルカとヨハネはそれぞれの詳細な物語を伝えている。(ルカ5:1~10、ヨハネ1:35~42)
ルカはペテロたちがガリラヤ湖で夜通し漁をしたが何もとれずに網を洗っていたところ、イエスが「岸に漕ぎ出して網を下ろしてみなさい」と言われたので、そのようにすると夥しい魚が捕れ、舟は沈みそうになった。驚いたペテロは舟を降りてイエスにひれ伏した。ヤコブとヨハネもこれを目撃したと記録している。(ルカ5:1~10)
ヨハネは、バプテスマのヨハネがイエスを指して「見よ、神の小羊」と言ったので、アンデレはイエスの後に従い、イエスの宿泊するところに行き、そこに泊まってイエスが「メシア」であることを確信し、アンデレはペテロに伝えてイエスのところに導き、イエスの弟子になったと記録している。(ヨハネ1:35~42)
ルカとヨハネの伝える出来事を一つにまとめることは無理がある。それぞれの出来事があって彼らはイエスに従うことになったのではないかと思われる。
一人の人がイエスに出会うには、多くの物語が隠されている。しかし、それらを一つに結ぶのは、イエスが「ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網うちをるを見給ふ」という事実である。
「私」のいるところ、私が日常的な営みをしている現場に、イエスが訪ねてこられたことによって、私はイエスに出会ったのである。
「汝ら我を選びしにあらず、我なんぢらを選べり」 ヨハネ15:16 大正文語訳聖書
(皆川誠)
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