うお 魚の門

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153匹の大きな魚

イエス様が捕らわれた夜、ペテロは大祭司の中庭で「あなたはナザレ人イエスといっしょにいた」と指さされて3度「私は知らない」と主を否定した。

十字架にかけられたイエス様が復活されると、ペテロは「わたしは漁にいく」とガリラヤ湖に網を下ろしますが、その夜は一匹の魚もとれませんでした。

疲れて岸に上がると一人の人が「何か食べるものがあるか」と声をかけます。「ない」とこたえると、「舟の右側に網を下ろしなさい」と言います。そこでペテロがそのようにすると夥しい数の魚がとれます。それで、ペテロは岸に立つ人が主イエスであることを知り、あわてて上着をまとって海に飛び込んだのです。

獲れた魚は「153匹の大きな魚」でした。イエス様はその数匹を受け取り、火で焼いてパンを割り、弟子たちと朝の食事をされます。

そして、ペテロに「あなたは私を愛するか」と尋ねられます。ペテロが「はい、私はあなたを愛します」と答えると、イエス様は3度同じ質問をされた後、「私に従いなさい」と言われたのです。(ヨハネ21章)

主イエスが地上で弟子たちのために自ら調えられた最後の食事はガリラヤ湖畔での焼いた魚とパンの朝食でした。この魚は「大きい魚」とあるだけで種類も名前もわかりません。しかし、それはペテロが生涯忘れることの出来ない食事であったに違いありません。

魚の門

エルサレムはダビデによって建設された、中央に神殿と王宮を擁する大都市で、周囲は城壁に囲まれていました。

しかし、バビロン・アッシリア捕囚により、神殿は破壊され城壁は崩されます。エズラ・ネヘミヤの時代に人々は捕囚地から帰還し、荒廃した城壁を修復し、崩れた門を再建したのです。(ネヘミヤ記3章)

エルサレムの城壁には多くの門がありますが、まず、大祭司エルヤシブによって「羊の門」が再建され、続いてセナアの子らによって「魚の門」が再建されます。(ネヘミヤ3:3)

(現在のエルサレムの旧市街には「ダマスカス門、ヘロデ門、聖ステパノ門、黄金門、糞門、シオン門、ヤッフォ門、新門」の8つがあり、閉ざされた「黄金の門」以外は通行ができる。「魚の門」は現在のダマスカス門のあたりにあったという。)

「水の門」「馬の門」「監視の門」「羊の門」「糞の門」など、門にはそれぞれの役割があるなかで、「魚の門」という門があったことは興味深いことです。

「門」は太陽が高くのぼり、暑くなる頃に開かれ、夕刻には閉ざされた、安息日には一日開くことはありませんでした。

ガリラヤ湖やヨルダン川で獲れた魚をロバの背にのせた大勢の魚商人は日が高くなる時刻まで、「魚の門」の前でたむろし、開門と同時にエルサレムの町になだれ込んだのでしょう。

様々の魚が運び込まれるところから「魚の門」の名がつけられたのです。

ガリラヤ湖は豊富な漁場ですが、そこでとれる魚だけではエルサレムの食卓をまかなうには足りず、魚は遠く離れたツロからも地中海の魚が運ばれてきました。(エゼキエル47:10)

遠くから魚を鮮魚で運ぶのは無理です。おそらく、塩つけの干し魚にしたものが魚商人によって運ばれたのでしょう。

ゼパニヤの預言

預言者ゼパニヤは「主の日は近い」と預言します。

「その日には、主の御告げ─魚の門から叫び声が、第二区から嘆き声が、丘からは大いなる破滅の響きが起こる。泣きわめけ。マクテシュ区に住む者どもよ。商人はみな滅びうせ、銀を量る者もみな断ち滅ぼされるからだ。」

ゼパニヤ1:10~11 新改訳聖書

「その日には魚の門から叫び声が上がる」とは、裁きの日には豊かな食卓が失われることを指しています。

私たちは、恵みの時代にあり、その祝福を生きていますが、「魚の門」が開かれていることの感謝を忘れることなことなく、再び閉ざされることのないように、「主を尋ね求め、義を求め、柔和を求める」者でありたいと思います。(ゼパニヤ2:3)

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