「お菓子」という言葉は大人にも子どもにもある好ましい響きをもっています。聖書の時代は現代と比べて社会の基盤がまだ安定しいえないだけに人々の暮らしも厳しいものがありました。その中でも人々は貧しい食材を工夫してお菓子なども作って食卓を楽しんだようです。
ギブオンのかわいて、ぼろぼろになったパン
モーセの亡き後、エジプトを脱出したイスラエル人たちはヨシュアを立ててカナンに入国します。カナンの諸王は警戒し、兵を集めて一戦を交えてもイスラエル人の進出を阻止しようとします。その中でギブオンの住民はある計略をもってヨシュアに盟約を結ぼうとしたのです。
それは、使者に古びた袋と破れて継ぎを当てたぶどう酒の皮袋をろばに負わせ、繕った古い履物に古びた服を身につけさせて、いかにもカナンの奥地から来たように見せかけて戦いを避けて盟約を結んでしまおうというものでした。
それだけでなく、ギブオンの使者はヨシュアを欺くために、「かわいて、ぼろぼろになったパン」を見せて、「私たちが家を出たときはまだあたたかかったのに、長い道を旅したので、ご覧のとおりぼろぼろのパンになってしまいました。新しいいぶどう酒の皮袋も今は破れ、着物も履物も古びてしまいました」と訴えたのです。
その言葉を信用したヨシュアはギブオンと和平盟約を結ぶのですが、すぐにギブオンがイスラエルの占領予定地であることが分かるのです。ヨシュアとイスラエルは騙されたとはいえ一度結んだ盟約を反古にすることはせず、ギブオンの土地はそのままに残ることが認められたのです;(ヨシュア記9章)
ギブオンの使者がヨシュアに見せた「かわいて、ぼろぼろになったパン」(ヨシュア9:5)はヘブル語「ニックディーム」で「お菓子」の意味です。
使者たちはパンが古くなって乾燥したパンに見せるために、「パンの形をしたお菓子」を焼いて持ってきたのでしょう。「ニックディーム」は小麦粉にパン種を入れないで平鍋で焼く薄いビスケットのようなお菓子なのです。
ギブオンの使者たちはそれを「パン」の大きさに焼いて、表面のぼろぼろをいかにも「古いパン」に見せる細工をしたのです。
烈しい戦闘の最中に、「お菓子」が意外な使われ方をし、功を奏したのです。
ダビデのお菓子
ダビデが一度はペリシテ軍に奪われた「神の箱」を取り戻したときに、それを祝ってイスラエルの全群衆の男芋女にも「パンとお菓子」を与えています。(Ⅰサムエル6章)
この時の「お菓子」はヘブライ語 ハラ― で「穴のあいたもの」の意味です。新聖書大辞典によるとそれは和菓子の「松風」のように小さい穴が無数にあるお菓子のようなものだそうです。「松風」は味噌味ですので食べた食感は全く違いますが、形は薄焼きのカステラのようなものと考えればよいようです。
出エジプト記には「油を塗った種を入れないせんべい」で、神への捧げものとされました。(出エ29:2)
イスラエルのお菓子
イスラエルの「お菓子」は小麦粉の生地に干しぶどうや干し無花果などを挟んで焼き上げたり、油で揚げたりして食後のデザートに食べます。
イスラエルの「お菓子」は種類も多く、一つ一つのお菓子のレゼピを紹介するのは難しいのですが、聖書の時代はやや甘い焼き菓子のようなものでした。
それでも、甘いフルーツのジャムを添えて食べる「お菓子」は何よりも楽しみなデザートでした。しかし、貧しい人々はいつも「ジャムつきのお菓子」が食べられたのではありません。
ジャムは貧しい人々にとって病人のための貴重な保存食だったからです。家に病人が出た時には、体力を回復させるために保存したジャムをつけたお菓子を体力を回復させるために食べさせたのです。
甘いジャムが取りだされる時は、家に不幸がおきるときでもあったのです。
そのため、人々は、「これを使う必要がありませんように」と唱えながら保存したといいます。
「お菓子」が普通に食べられるというのはとても幸せなことなのだなと考えさせられますね。
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