<2021.3.28>
一日を 惜しや惜しやと 春蚊飛ぶ
茶を飲めば 影も茶を飲む 冬日かな
椅子にかけ いつの間にやら 夢うつつ だあれもいない 私の時間(道子)
あの鳥は とんびなるやと 問ふ妻に 否よと答ふ われもわからず
若菜茹で 手にしぼりゐる 妻われに 去年の畑の 土を語りぬ
<2021.3.21>
春の蚊を 手で振り拂ふ 土手の空
水仙や 素知らぬ顏の 盜み聞き
「おはよう」と 交わす笑顔の あたたかさ 今日の一日を つつむことだま(道子)
花柄の 割烹着のまま 妻の手が 聖書をめくる 聖日の午後
馬鈴薯の 種植ゑし日に 陌歳の 老女逝きしと 人の告げ來る
<2021.3.14>
春雷を 抜けて本屋に 辞書を買ふ
貝よせや さりげなく置き さくら貝
手をふれば 応えるごとく グライダー 心通わす 春の利根川(道子)
利根の土手 手をふる妻にグ ライダア 高度を下げて 應へてくれき
菜の花の 土手を左に てふてふの 花追うごとく 妻と歩める
<2021.3.7>
春鳥の 來るや立つをや せわしなき
木の芽雨 掴めぬものか 子らせがむ
古たんす 軋む音にも なつかしき 母おもいだす 土間のある家(道子)
ふたりして 正常だよねと 言ひ交はす 輕く老ひゆく わが身愛ほし
オムレツの 半熟卵は うまく割れ 子どもであれば 聲上ぐところ
<2021.2.28>
菜畑に 妻の姿は 埋まりけり
霜圍ひ 解かるを待てる 屋根の陌舌鳥
久々に きく雨音の 心地よさ 外の面に 冴ゆる さざんかの花(道子)
長き夜を 手縫ひのマスク 爺と婆 ああだかうだと 今だにならず
一日を 一つの世とは 思ひけむ 明日には明日の 今ぞありける
<2021.2.21>
ものおぢを しない子だねと ハクセキレイ
菜花摘む 場所を 探せる 散歩かな
支えられ 支えていつしか 五十年 来し方見れば 池のおしどり(道子)
一時間 庭のフェンスの 細道に 佇みてをり 妻の受診日
珍しき 書を讀むわれに をはりまで 行けと內なる 聲ぞありける
<2021.2.14>
不意打ちを 喰らはしゆけり 春一番
春月の 庭に出づるか 暖とるか
ヒヤシンス 霜おく庭に 芽を出しぬ 季はしゅくしゅくと 色かさねおり(道子)
何の日か 覚へはなくも 祝日を 明日にひかへる 小草生月
珈琲の かほり立つ辺に 妻たちて 窓のあかりに 和歌を読みゐる
<2021.2.7>
恵風に なりすましたり 隣りの子
薺引く 手に縄文の 土ほこり
朝明けに 老いしからだの 声をきく 痛みもほけも 今日のわたくし(道子)
鉢植への 花にも少し 菜に少し 妻水くれ動く 冬の朝
静けさに 凭りつつ月の 青白き 光の中に 淡き黄の花
<2021.1.31>
枯蓮や 年経て黒し 去年の色
坂道の 庭にはみ出し 福寿草
名をきけば 「ひかちゃん」という 隣の子 三つになった 私の友だち(道子)
百舌鳥を待つ 忘れ路たどる 再びの なれ忘れしも われは忘れじ
冬日射す 書斎の床に 妻のもつ 茶の湯気ゆらり 影またゆらり
<2021.1.24>
羽ばたきの 音残しけり 寒雀
曇り窓 手で拭ひをり 雪時雨
不器用に これまで生きて それ以外 生きえぬ我と なして老いゆく(道子)
朝からの 風をさまらず 君が来て 運ばれきしと われは思へり
俯きて 歩くがわれの 癖となり 朗らかなるを 人は知らずも
<2021.1.17>
背中だけ 生きてゐるよな 日向ぼこ
しもやけを われもと見せる 夫婦かな
顔なじみ 年ふるごとに とだえゆく 枯生のむこうに 夕陽をのぞむ(道子)
聞き覚へ ある幼子の 声聞きて 妻は云ふなり「あの子来れり」
野の原の 価値なき花の 静さよ 装はぬものに のぼる朝の日
<2021.1.10>
はじき合ふ ものなく静か 独り独楽
枯菊を 集めて人の 改まる
霜のふる 庭のしげみの 日だまりに 逝き人くれし ノースポール咲く(道子)
真夜中に 布団のずれを 直しくる われ醒めをるを 妻は知らずも
脱衣所の 籠の中には 今脱ぎし われといふもの 畳まれてをり
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