Chat021-デボーションについて(その3)聖書朗読

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デボーションでは、聖書を黙読するのが普通だと思います。私も長年の習慣で黙読です。牧師ですので、礼拝では、しばしば聖書朗読もいたします。しかし、牧師や司会者でなければ、公の場での聖書朗読の機会は限られてきます。私は、個人的なデボーションで、聖書を音読してみるというのも、よいのではないかと考えています。

音読の場は色々ですが、出来れば静かな会堂での聖書朗読は、聖書を味わいつつ御言葉の深みに入る、とてもよい方法ではないかと思うのです。

もともと、聖書の時代には、人々は神の御言葉を音声として聞いたはずで、その場合、朗読はとても重要な信仰の営みであったはずです。私が聖書朗読に関心をもったのは、山浦玄嗣さんの訳されたケセン語訳聖書の朗読CDからです。ケセン語訳聖書は山浦玄嗣さんが気仙沼の周辺の方言で翻訳された聖書です。CDは朗読の専門家ではなく、山浦さん自身が直接吹き込まれた聖書の朗読になっています。翻訳者である山浦さが生の声で読み上げられることによって、ことばが生きて力強く、聞くと御言葉が心にストレートに響きます。

朗読はことばの意味とともに読み上げますので、聖書朗読には、読む人の音性に信仰が現わされ、一種の信仰告白とも言える世界になります。自分の聖書朗読を録音しておき、それをデボーションに用いるのも興味深いかたちとなるのではないでしょうか。

皆川誠

コメント

  1. hiroshi より:

    ケセン語訳聖書って何だかワクワクしますね。電子辞書でマタイによる福音書が無料で読めるとネットにありました。
    日本語って一つと勝手に思っていたのですが,少し考える機会をいただきました。