<2025.3.30>
啓蟄や 失くした鎌を 見つけたり
あたたかや 妻に一首が 生まれきて
拾ひきし 縄文石器は 紙束の 押さへに置けり 時に眺めつ
さやうさね 願はぬことの 目出度さを 埒なきことと なさず今日の日

<2025.3.23>
採らずには おけぬ思ひし 土筆坊
春の鳥 鳴き声ひとつ 誘いきて
朝起きて 整へくれし 服をつけ 朝餉を食べて われが一日
なれにとり 良き母親で ありしかと 問ひ給ひしか 悪しきがわれに
<2025.3.16>
春耕の あとすみずみや 小糠雨
窓越しの 屋根の光に 春時雨
湯のたぎる ケトルの音の 騒がしき 妻「はいはい」と 応ふ夕暮
老いたりと 云ふはふたりの 慎ましき 夕餉の後の 歌のひとつか

<2025.3.9>
春耕や 種芋買ふて 鎌研ぎて
細き雨 手にたしかめつ 初桜
海浜は 干物の匂ひ 潮騒の 打ち寄す音と 白き鴎と
ゆらゆらと 水に漂ふ 言の葉の 行方を知らず 止むを知らず
<2025.3.2>
失せ物を あへて求めず 梅の花
遅きなら 迎へにゆかむ 郷の春
この年は 花つけぬかと 石楠花の ゆくりと休め 夢にこそあれ
春の風 激しく吹きて 通りすぐ こと改むる 季節を告げつ

<2025.2.23>
2月12日私の弟が天に召され、同19日教会で葬儀が行われました。今週の短歌はその前後に弟を詠んだものです。
老人施設にて:
おのが世を 走り抜けたる ますらをの ごとくや君は 静かに眠る
手をとりて「あんちゃんだよ」と言う夫の 看取りさみしき 施設の小部屋(道子)
葬儀にて:
なが渇き 求めし神の み住まいの 門にも待てる 君が嬉しき
<2025.2.9>
物忘れ 何はともあれ 春隣
尾が先か 頭が先か ししゃも喰ふ
これがその 春の草なれ 仏の座 かくをも見せず 野にしあれこそ
ありしこと うしろとなして 冬の日の 氷柱を伝ふ 軒の水滴

<2025.2.2>
早春を 犬に引かれて ゆく老女
米櫃の 残りわずかや 春立てり
魂は 息をしてをり 深海を ゆくりと泳ぐ 魚影がごとく
春の色 雨に濡れれば ぬばたまの 夢に染まるや 墨のひと刷毛
<2025.1.26>
寒晴に 季語探しをり 牧師かな
寒暁に 聖堂のドア 開け放つ
わが喰へる シューマイの数 告げ添へて 皿の端より 妻は箸寄す
雨垂れの 乱れて落ちる 可笑しさよ 聞きつ眠れる 老いの様事

<2025.1.19>
変はらずも 日に日に変はり 去年今年
初雀 いづこの屋根に 膨らみし
時折は 世も変はるらし 新顔の 猫は古巣の ごと庭にあり
夕暮れを 猫一匹が 歩み去る ちよいと止まりて「ふん」と云ふごと
<2025.1.12>
元日や 何変はらずに 老いの空
延ぶるなら われまで届け 冬日射
切り替はり ことごと失せて 新しき われともなせよ 生くると云ふは
久方に 雨音聞けり 冬の夜の 思ひを探る 魂のしずけさ
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