俳句短歌2024-1~2024-3

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<2024.3.31>
なかなかに 歌へぬ春や 虫の飛ぶ
飛ぶ虫を 目で追いかけて 口軽し
心地よき 電車の音の 近づけば 過行く窓に 人影を数う(道子)
もの云へば 白き息吐く 春まだき 雪雲たれる 閑やかな朝
家建つる 槌の音して 春浅き 伏屋に近く 越す人のあり

<2024.3.24>
春耕や 機械の息の 荒荒し
草の根の あらん限りを 引っこ抜く
湯上がりの 足爪切らせ その間にも 寝息をたてつ 夫はくつろぐ(道子)
窓引きて 昇る日ざしの 穏やかを 喜ぶ妻の 春日好日
花咲くと 思いし朝に 降る雪の 地に消へ落ちる 音のかそけさ

Fontana di Trevi, Rome

<2024.3.17>
草の芽や はばかり知らず 畑の中
枝にきて 鳴かずにゆくや 不如帰
居心地は 悪くはないの? ひな菊の 真白き花は 石地にも咲く(道子)
見るたびに 妻はふくらむ 桜木の 蕾の色を 楽し見るらし
西洋の 甘き茶菓子を 珈琲の 小さき匙に 乗せつ陽春

<2024.3.10>
掃き集む 人なき畑や 落椿
春耕や さが見るごとき 曲がり畝
冬と春 行きつ戻りつ それぞれに 花咲かしめて 今朝は雪ふる(道子)
シャボン玉 飛ばされ届く 狭庭に 幼子どもの 声ら入り来る
百年を なすべきことの 年月と 思ひて生くる 今日の野の草

Plazza Navona, Rome

<2024.3.3>
春愁や 正倉院の 床の塵
挫折しつ また読み直す 春時雨
母うえし 生家の跡に ふきのとう 摘めば香りて よみがえる春(道子)
見よ見よと 春呼ぶ草を 指す妻に 小さき花は 地に隠れあり
昨日と 云ふ時すでに ゆきゆきて 今日を刻める 時あるもがな

<2024.2.25>
久々の ミヒャエル・エンデ 春隣
わすれずに 菜飯いただく 牧師かな
子に近く 越すとう義妹の 長電話 手伝う子らの 声もれ伝う(道子)
御言葉の ごとくにあれば 庭先に 花咲くを見ゆ 氷雨降る朝
われが身を 杖と頼める 妻の手を 引きつ歩める 樹下の木漏れ日

Pantheon, Rome

<2024.2.18>
積み上げし 雪解け残る 塀境
あたたかや 天路歴程 読み返へす
「パパちゃんは 今日は一人?」 と行きずりに 異国の女(ひと)の ことばはやさし(道子)
もとめ来し 林檎二つを 竹ざるに 移しつ妻は この世を語る
南より 春一番の 風吹きて 勇ましきかも 春の来るのは

<2024.2.11>
蝋梅の 薫り十字架(クルス)に 届きけり
破れたる辞書 繕へる睦月かな
うす日さし 目に清らなる 庭の雪 軒しずくして 静かなる午后(道子)
時にして わずかの道を 父と娘(こ)は 手つなぎして 歩みゆくかも
言霊の 跳ね遊べるは 雪解けの 雫に垂れる 音に籠れる

Pantheon, Rome

<2024.2.4>
えりさして まだ半分の 竹の竿
春浅し 指に血豆の 傷うづく
冬晴れの 野に犬ふぐり 仏の座 目に追い歩ゆむ この日愛おし(道子)
さほどには 哀しげもなく 童泣く 声聞こへ来て 冬日のぬくし
もの云へば 小さく笑ふ 妻ありて われまた笑ふ 如月の夜

<2024.1.28>
月冴ゆる 賤家の寝間に 仰臥せり
束の間の 子ども心や 日向ぼこ
コブ煮干し イモと人参 タラ豆腐 玉ねぎ加え 朝のみそ汁(道子)
日だまりに いちごが三粒 赤くなり その一粒を 妻と分け合ふ
カモメなど 来るはずのない 街に棲み タラの切り身の 汁を飲む日日

Pantheon, Rome

<2024.1.21>
御言葉の ひとつを聞きて 冬麗
鴛鴦の いずれが先か 池の水
道すがら 遅れがちなる 我が手もて 夫ゆっくりと 夕日を歩む(道子)
白湯飲みて 腑にひろがれる 日の朝を 嬉しきものと 思ひわれ生く
木枯らしを 避けて咲きたる 日だまりに 無邪気を伝ふ 白き雛菊

<2024.1.14>
初明かり 聖書を繰れる去 年の指
年玉を 両の手に受く 老いの妻
鉢植の ビオラ咲き分け 黄に紫に 年のはじめの 光をたたう(道子)
朝まだき 静かにをれば 御言葉の 霜降るがごと 地に満ちたらふ
朝鳥の 庇に降りて 跳ね歩く かそけき音は 心嬉しも

コメント

  1. 皆川誠 より:

    今月の写真はパンテオンですね。ギリシア語: Πάνθεονは「すべての神々」の意味で、元々ローマの神殿を指しましたが、その後、教会の聖堂を意味するようになったようです。パンテオンの天井にはオルクス(目)と呼ばれる窓があって、光が差し込む仕掛けですが、オルクスは直径9メートルあるといいますから、パンテオンの大きさが知れます。調べてみると、パンテオンでは毎年8月6日と9日にはMai piu Hiroshima(Never more Hiroshima)原爆忌 が行われるといいますし、ペンテコステにはオルクスからバラが舞い降りるといいます。祈りの場なのですね。皆川