Ⅰ 日本語訳聖書 Jn.1:6
【明治元訳】
Jn.1:6 偖(さて)ここに神の遣(つかは)し給}へるヨハネと云る者あり
【大正文語訳】
Jn.1:6 神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ
【口語訳】
Jn.1:6 ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
Ⅱ 英語訳聖書 Jn.1:6
King James Version
1:6 There was a man sent from God, whose name [was] John.
New King James Version
1:6 There was a man sent from God, whose name was John.
American Standard Version
1:6 There came a man, sent from God, whose name was John.
Bible in Basic English
1:6 There was a man sent from God, whose name was John.
Today’s English Version
1:6 God sent his messenger, a man named John,
Darby’s English Translation
1:6 There was a man sent from God, his name John.
Douay Rheims
1:6 There was a man sent from God, whose name was John.
Noah Webster Bible
1:6 There was a man sent from God, whose name was John.
Weymouth New Testament
1:6 There was a man sent from God, whose name was John.
World English Bible
1:6 There came a man, sent from God, whose name was John.
Young’s Literal Translation
1:6 There came a man — having been sent from God — whose name is John,
Ⅲ ギリシャ語聖書 Jn.1:6
Stephens 1550 Textus Receptus
εγενετο ανθρωπος απεσταλμενος παρα θεου ονομα αυτω ιωαννης
Scrivener 1894 Textus Receptus
εγενετο ανθρωπος απεσταλμενος παρα θεου ονομα αυτω ιωαννης
Byzantine Majority
εγενετο ανθρωπος απεσταλμενος παρα θεου ονομα αυτω ιωαννης
Alexandrian
εγενετο ανθρωπος απεσταλμενος παρα θεου ονομα αυτω ιωαννης
Hort and Westcott
εγενετο ανθρωπος απεσταλμενος παρα θεου ονομα αυτω ιωαννης
Ⅳ ギリシャ語聖書 Interlinear
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
There was a man, having been sent from God, name to him John.
Ⅴ ギリシャ語聖書 品詞色分け
Jn.1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
Ⅵ ラテン語聖書 Jn.1:6
Latin Vulgate
Jn.1:6
Fuit homo missus a Deo, cui nomen erat Ioannes.
There was a man sent by God, whose name was John.
Ⅶ 私訳(詳訳)Jn.1:6
Jn.1:6 「一人の人(ヨハネ)が現れた〔登場した〕。神から遣わされた者〔権限を委任されて派遣された者〕で、その名をヨハネと言った。
Ⅷ 聖書引照 Jn.1:6
Jn.1:6 一人の人が現れた。神から遣わされた者で、名をヨハネと言った。
[一人の人が現れた] ヨハ1:33; 3:28; イザ40:3-5; マラ3:1; 4:5,6; マタ3:1=11; 11:10; 21:25; マル1:1-8; ルカ1:15-17,76; 3:2-20; 使徒13:24
[神から遣わされた者で、名をヨハネと言った] ルカ1:13,61-63
Ⅸ 新約聖書ギリシャ語語句研究
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
[ここにひとりの人が] ἄνθρωπος ἄνθρωπος アンとローポス anthrōpos {anth‘-ro-pos} G444 (n-nm-s 名詞・主男)
<ἄνήρ 人 +ὤψ 顔
1)人間、人、人類 2)男、夫 3)ある人、或る者、この人
[あって] ἐγένετο γίνομαι ギノマイ ginomai {ghin‘-om-ahee} G1096 (viad–3s 動詞・直アオ能欠3単)
1)存在するようになる、存在するにいたる、存在を始める 2)生じる、生ずる、生まれる 3)現れる、おこる、発生する、始まる、になる、ふりかかる、成る、登場する、来る 4)~とされる、仕上げられる、作られる、行われる、なされる 5)出る、起こる
マタ10:29; 13:5,8,23; 15:35; 23:35; 27:51; マル4:8,20,26,28,31; 8:6; 9:20; 14:35; ルカ13:7; 14:35; 22:44; 24:5; ヨハ8:6,8: 12:24; ヘブ6:7; ヤコ5:5 etc.
[神] θεοῦ θεός てオス theos {theh‘-os} G2316 (n-gm-s 名詞・属男単)
1)神 2)神性 3)唯一の神
θεός の語源は次の二語に求められる
1 τεθειχέναι 万物を自らの基の上に置く
2 θέειν 駆ける
[から] παρὰ παρά パラ para {par-ah‘} G3844 (pg 前置詞・属)
1)~から 2)の傍らで 3)の所へ
[つかわされていた] ἀπεσταλμένος ἀποστέλλω アポステるろー apostellō {ap-os-tel‘-lo} G649(vprpnm-s 分詞・完了受主男単)
<ἀπό+στέλλωつかわす
1)使命を与えて遣わす、権限を委任して派遣する、派遣する、つかわす、送り出す、使いに出す 2)送付する、発送する、送る 3)追い出す、去らせる
マタ10:5,16; 21:36; 22:3; 24:31;27:19; マル1:2; 3:31; 6:7; 9:37; 12:2; 13:27; ルカ7:3; 9:52; 10:1,16; 14:32; 19:14; 22:35; ヨハ5:33,36; 11:3; 20:21 etc.
[その] αὐτῶ αὐτός アウトス autos {ow-tos‘} G846 (npdm3s 代名詞・与男3)
1)彼、彼女、それ(三人称の代名詞) 2)自身で、自分から、自分として(強調用法) 3)同じ同一の 4)まさに、ちょうど
[名を] ὄνομα ὄνομα オノマ onoma {on‘-om-ah} G3686 (n-nn-s 名詞・主中単)
1)名前、名、名称 2)人数 3)本人、人間、人格 4)名声 5)名目、口実 6)語、用語、術語
マタ1:21; 10:2; マル3:16; 14:32; ルカ1:5,26; ヨハ1:6; 3:1; 使徒13:8; 黙示21:14 etc.
[ヨハネと言った] ὄνομα ᾽Ιωάννης イオーアンネース Iōannēs {ee-o-an‘-nace} G2491
ヨハネ ヘブライ名「ヤーゥエの賜物」
(バプテスマのヨハネ マタ3:1,2,6,11; 14;1~12; マル1:4; 2:18; ルカ3:2,3; ヨハ3:23; 使徒10:37; 13:24,25; 19:3,4)
(ゼベダイの子ヨハネ マタ4:21; 10:2; 17:1; マル1:19,29; 3:17; 5:37; 9:2,38; 10:35, 41; 13:3; 14:33; ルカ5:10; 6:14; 8:51; 9:28, 49, 54; 22:8 etc.)
Ⅹ 細き聲 聖書研究ノート
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
<ここにひとりの人があってἐγένετο ἄνθρωπος>
「あって ἐγένετο」は γίνομαι ギノマイ の直説法アオリスト能動態叙実3人称単数で、「すべてのものを存在にいたらせた。(ヨハネ1:3πάντα δι᾽ αὐτοῦ ἐγένετο) 神のことば」は「一人の人ἄνθρωπος」を地に成らせἐγένετο 登場させ、現れさせられた。
<ここにひとりの人があってἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,>
「遣わされるἀποστέλλω」は「使命を与えて遣わす、権限を委任して派遣する」の意味である。
<名をヨハネと言ったὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·>
ルカ1:5-65にはヨハネの名にまつわる驚く出来事が記されている。ヨハネの名は、エリサベツが身籠る前に御使いによってザカリヤに告知されていた。(ルカ1:13-14)しかし、祭司ザカリヤは老齢を理由に、御使いのお告げを信じなかったので、誕生するまで、おしになり、ものが言えなくされた。御使いのお告げの通りに男の子が誕生すると、親戚の者たちが習慣に従って、父の名にちなんでザカリヤと名づけようとすると、母エリサベツは、それを否定し、御使いのお告げに従って「ヨハネ」と主張した。ヨハネという名は親族の中にはないので人々がいぶかり、口も耳も閉ざされたザカリヤに書き板を渡すと、ザカリヤは「彼の名はヨハネ」と書いたので人々は驚いた。するとザカリヤの口が開け、ものが言えるようになった。(ルカ1:5-65)
「ヨハネ᾽Ιωάννης」は「神は恵み深い」の意味である。
Ⅺ 心のデボーション
「神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ」 ヨハネ1:6 大正文語訳聖書
「一人の人が現れた。神から遣わされた者で、名をヨハネと言った。」 聖書協会共同訳聖書
「一人の人の現われ」
「一人の人が現れ ἐγένετο ἄνθρωπος」た。「現れる γίνομαι ギノマイ」には「事がおこる」の意味がふくまれている。「一人の人の現われ」は「一つの事の始まり」である。「一つの事の始まり」は常に神によってもたらされるのである。
† 心のデボーション
「神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ」 ヨハネ1:6 大正文語訳聖書
「ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。」 口語訳聖書
「その名はヨハネ」
神は地に「一人の人」を遣わされ、その「名をヨハネと言った」。神が派遣されるのは、ヨハネという名を持つ存在する「一人の人」である。神は名をもって人を呼び出され、業を行わせ給う。
Ⅻ 聖書ノート その1
「バプテスマのヨハネ」
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
関連聖書 ルカ1:17 ヨハネ1: 15
「バプテスマのヨハネ᾽Ιωάννης ὁ βαπτιστὴς」、John the Baptist ヘブライ語 ヨハナン(ヤハウエは恵み深い)。
Ⅰ 出生と育ち ルカ福音書1-2章
バプテスマのヨハネはヘロデ大王の時代に、祭司ザカリヤ ζαχαρίας と妻エリサベツ(アロンの子孫)ἐλισάβετ の間に生まれた。エリサベツは「不妊の女」であったが老年の子としてヨハネを身籠った。ヨハネ「ヤハウエは恵み深い」の名前は主の使いの御告げによった。(ルカ1:5-14)ヨハネはメシアに先立ちとして、「逆らう者に正しい人の思いを抱かせ、整えられた民を主のために備える」ルカ1:17(聖書協会共同訳聖書)ために、神から遣わされた預言者であった。エリサベツはイエスの母マリヤの「親類」であった。(ルカ1:36)しかし、エリサベツがマリヤとどのような親戚関係にあったのかは不明である。
ルカ1:17
καὶ αὐτὸς προελεύσεται ἐνώπιον αὐτοῦ ἐν πνεύματι καὶ δυνάμει ἠλίου, ἐπιστρέψαι καρδίας πατέρων ἐπὶ τέκνα καὶ ἀπειθεῖς ἐν φρονήσει δικαίων, ἑτοιμάσαι κυρίῳ λαὸν κατεσκευασμένον.
口語訳聖書
彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。
バプテスマのヨハネは、その使命のために、生まれながらのナジル人として成長した。(ルカ1:15,16) ナジル人は「分離された者」の意味で、特別な使命の為に、誓約によってその身を神に聖別した。ナジル人は葡萄酒や濃い酒を飲むこと、髪の毛を切ること、死体に触れることが厳しく禁じられた。(民数6:1~21)サムエル、サムソンはナジル人であった。
Ⅱ 荒野に呼ばわる者の声
イエスが宣教を開始される頃、バプテスマのヨハネは、死海に近いユダの荒野に現れ、イスラエルの民に罪の悔い改めを迫り、ヨルダン川で人々にバプテスマを施し、神から遣わされるメシアの出現を預言した。ことの時、バプテスマのヨハネは駱駝の毛の衣をまとい、腰に皮の帯を締め、イナゴと野蜜を食した。それは預言者エリヤの装束だったので、人々はヨハネの姿に預言者エリヤを重ねることができたのである。
イエスはヨルダン川に着かれ、バプテスマのヨハネからバプテスマを受けた。(マタイ3:13-17) バプテスマのヨハネの使命はメシアとして来られたイエスを証しすることであった。
ヨハネ1:15
ἰωάννης μαρτυρεῖ περὶ αὐτοῦ καὶ κέκραγεν λέγων, οὖτος ἦν ὃν εἶπον, ὁ ὀπίσω μου ἐρχόμενος ἔμπροσθέν μου γέγονεν, ὅτι πρῶτός μου ἦν.
口語訳聖書
ヨハネは彼についてあかしをし、叫んで言った、「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。
Ⅲ バプテスマのヨハネの死
バプテスマのヨハネは国主ヘロデが妻を離縁し、その兄弟ピリポの妻ヘロデヤを娶った罪を糾弾して、国主ヘロデに捕らわれ、投獄された。(ルカ3:1920) ヘロデヤはバプテスマのヨハネを恨み、ヘロデの誕生日に娘サロメに踊りを踊らせ、その褒美にバプテスマのヨハネの首を求めた。国主ヘロデは人々の手前、申し出を退けることができず、護衛兵に命じて、バプテスマのヨハネの首をはね、盆にのせてサロメに与えたのである。(マルコ5:19-28)
聖書ノート その2
「人の現われ」
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
関連聖書 ヨハネ1:6 イザヤ49:1
Ⅰ 一人の人が現れた
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
「一人の人が現れる」とはどういうことを意味するだろうか? 「自分が存在する」ということは何によるのであろうか。ヨハネ福音書は天地創造の前にことばがあり、ことばは神と共にあって天と地を創られたと告げる。すべてのものを存在に至らせた(ἐγένετο)神のことば(ヨハネ1:3)は、地に「一人の人 ἄνθρωπος」を地に存在するに至らせる(ἐγένετο)と告げる(ヨハネ1:6)。
人間の意識が「自己」という存在に気づく以前に、「一人の人」は神の内にすでにその存在を始めている。すべての存在を成らせる神は、存在に先立って存在を創生されるのである。
Ⅱ 存在の使命
イザヤ49:1
שִׁמְע֤וּ אִיִּים֙ אֵלַ֔י וְהַקְשִׁ֥יבוּ לְאֻמִּ֖ים מֵרָח֑וֹק יְהוָה֙ מִבֶּ֣טֶן קְרָאָ֔נִי מִמְּעֵ֥י אִמִּ֖י הִזְכִּ֥יר שְׁמִֽי
口語訳聖書
海沿いの国々よ、わたしに聞け。遠いところのもろもろの民よ、耳を傾けよ。主はわたしを生れ出た時から召し、母の胎を出た時からわが名を語り告げられた。
神は「主のしもべ」を、「生れ出た時から召し、母の胎を出た時からわが名を語り告げられ」る。(イザヤ49:1)
意識が「自己」という存在に気づく、はるか以前、「母の胎にいる時から」、神は私を呼び、私の名を呼ばれる。名は人格であり使命である。人はこの世に生まれるはるか以前から、神に遣わされた存在としてあり、時いたって、地に「一人の人」として「現れる」。人の生涯は神が創られた初めを目指しす歩みである。
聖書ノート その3
「遣わされた者」
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
関連聖書 ヨハネ1:6 マラキ3:1 マタイ11:10 マタイ3:1
Ⅰ 神から遣わされる
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
マラキ3:1
הִנְנִ֤י שֹׁלֵחַ֙ מַלְאָכִ֔י וּפִנָּה־דֶ֖רֶךְ לְפָנָ֑י וּפִתְאֹם֩ יָב֨וֹא אֶל־הֵיכָל֜וֹ הָאָד֣וֹן׀ אֲשֶׁר־אַתֶּ֣ם מְבַקְשִׁ֗ים וּמַלְאַ֨ךְ הַבְּרִ֜ית אֲשֶׁר־אַתֶּ֤ם חֲפֵצִים֙ הִנֵּה־בָ֔א אָמַ֖ר יְהוָ֥ה צְבָאֽוֹת
ἰδοὺ ἐγὼ ἐξαποστέλλω τὸν ἄγγελόν μου καὶ ἐπιβλέψεται ὁδὸν πρὸ προσώπου μου καὶ ἐξαίφνης ἥξει εἰς τὸν ναὸν ἑαυτοῦ κύριος ὃν ὑμεῖς ζητεῖτε καὶ ὁ ἄγγελος τῆς διαθήκης ὃν ὑμεῖς θέλετε ἰδοὺ ἔρχεται λέγει κύριος παντοκράτωρ
口語訳聖書
見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。
バプテスマのヨハネの出現は、預言者マラキが預言した、イスラエルの民が「喜びとする契約の使者」が「まさに来ようとしている」ときに、道を整えるために遣わされた「使者」であった。「遣わすἀποστέλλω」は「使命を与えて遣わす、権限を委任して派遣する」の意味である。(マラキ3:1)
Ⅱ 派遣の目的
マタイ11:10
οὖτός ἐστιν περὶ οὖ γέγραπται, ἰδοὺ ἐγὼ ἀποστέλλω τὸν ἄγγελόν μου πρὸ προσώπου σου, ὃς κατασκευάσει τὴν ὁδόν σου ἔμπροσθέν σου.
口語訳聖書
『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。
マタイ3:1-3
ἐν δὲ ταῖς ἡμέραις ἐκείναις παραγίνεται ἰωάννης ὁ βαπτιστὴς κηρύσσων ἐν τῇ ἐρήμῳ τῆς ἰουδαίας [καὶ] λέγων, μετανοεῖτε, ἤγγικεν γὰρ ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν.
οὖτος γάρ ἐστιν ὁ ῥηθεὶς διὰ ἠσαΐου τοῦ προφήτου λέγοντος, φωνὴ βοῶντος ἐν τῇ ἐρήμῳ, ἑτοιμάσατε τὴν ὁδὸν κυρίου, εὐθείας ποιεῖτε τὰς τρίβους αὐτοῦ.
口語訳聖書
そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、「悔い改めよ、天国は近づいた」。預言者イザヤによって、「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と言われたのは、この人のことである。
神がバプテスマのヨハネを派遣された目的は「主の道を備え,その道筋をまっすぐにする」ことであった。王が来られるときには、先備えが派遣され、道を整えた。バプテスマのヨハネはイスラエルの民が「喜びとする契約の使者(メシア)」が来る前に「王の道」を備え、その道筋を整えるために、あらかじめ派遣されたのである。
Ⅲ 道なき荒野
マタイ3:1
ἐν δὲ ταῖς ἡμέραις ἐκείναις παραγίνεται ἰωάννης ὁ βαπτιστὴς κηρύσσων ἐν τῇ ἐρήμῳ τῆς ἰουδαίας
口語訳聖書
そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、
バプテスマのヨハネは「ユダヤの荒野」に現れ、「悔い改めよ、天国は近づいた」と教えを宣べた。「荒野ἔρημος 」 は「荒れた、荒涼とした、人の住まない荒野」を意味する。この言葉には 「神から離れた、見捨てられた、孤独な心」を含まれている。バプテスマのヨハネは道なき荒野で、道を見失った人々に、主のメシアの出現を告げ、人々の心に主を迎える道を整えたのである。その意味で、ユダヤの荒涼とした荒野はヨハネの奉仕にこそ、ふさわしい場であった。(マタイ3:1)
Ⅳ 働き人
マタイ9:37~38
τότε λέγει τοῖς μαθηταῖς αὐτοῦ, ὁ μὲν θερισμὸς πολύς, οἱ δὲ ἐργάται ὀλίγοι·
δεήθητε οὗν τοῦ κυρίου τοῦ θερισμοῦ ὅπως ἐκβάλῃ ἐργάτας εἰς τὸν θερισμὸν αὐτοῦ.
口語訳聖書
そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。 だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」。
神はその働きのために「働き人」を派遣される。すべての人は神から派遣され、主の道を備え、その道筋を整えるために「遣わされた者」である。働き場は「道なき荒野」である。
聖書ノート その4
「名はヨハネ」
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
関連聖書 ヨハネ1:6 ルカ1:5~65 マラキ3:23~24 マタイ11:14 使徒13:24 マタイ21:25 マタイ3:11
Ⅰ 彼の名はヨハネ
ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
口語訳聖書
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
ルカ1:5-65にはヨハネの名にまつわる驚く出来事が記されている。ヨハネの名は、エリサベツが身籠る前に御使いによってザカリヤに告知されていた。(ルカ1:13~14)しかし、祭司ザカリヤは老齢を理由に、御使いのお告げを信じなかったので、誕生するまで、おしになりものが言えなくされた。御使いのお告げの通りに男の子が誕生すると、親戚の者たちが習慣に従って、父の名にちなんでザカリヤと名づけようとすると、母エリサベツは、それを否定し、御使いのお告げに従って「ヨハネ」と主張した。ヨハネという名は親族の中にはないので人々がいぶかり、口も耳も閉ざされたザカリヤに書き板を渡すと、ザカリヤは「彼の名はヨハネ」と書いたので人々は驚いた。するとザカリヤの口が開け、ものが言えるようになった。(ルカ1:5~65)
ヨハネは祭司ザカリヤの後継者としてではなく、「ヨハネ᾽Ιωάννης (神は恵み深い)」として、来るべきメシアが神の恵みによることを人々に知らせるために、メシアの先触れとして神が遣わされた神の器であった。
Ⅱ 預言者エリヤの奉仕
マラキ3:23~24
הִנֵּ֤ה אָֽנֹכִי֙ שֹׁלֵ֣חַ לָכֶ֔ם אֵ֖ת אֵלִיָּ֣ה הַנָּבִ֑יא לִפְנֵ֗י בּ֚וֹא י֣וֹם יְהוָ֔ה הַגָּד֖וֹל וְהַנּוֹרָֽא
וְהֵשִׁ֤יב לֵב־אָבוֹת֙ עַל־בָּנִ֔ים וְלֵ֥ב בָּנִ֖ים עַל־אֲבוֹתָ֑ם פֶּן־אָב֕וֹא וְהִכֵּיתִ֥י אֶת־הָאָ֖רֶץ חֵֽרֶם
口語訳聖書
大いなる恐るべき主の日が来る前に/私は預言者エリヤをあなたがたに遣わす。
彼は父の心を子らに/子らの心を父に向けさせる。/私が来て、この地を打ち/滅ぼし尽くすことがないように。
マタイ11:14
καὶ εἰ θέλετε δέξασθαι, αὐτός ἐστιν ᾽Ηλίας ὁ μέλλων ἔρχεσθαι.
口語訳聖書
そして、もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである。
バプテスマのヨハネは預言者マラキが預言した「大いなる恐るべき主の日が来る前に…この地を打ち滅ぼし尽くすことがないように…父の心を子らに、子らの心を父に向けさせる(ために)…(神が)遣わされた預言者エリヤ」であった。
Ⅲ 水のバプテスマ
使徒13:24
προκηρύξαντος ἰωάννου πρὸ προσώπου τῆς εἰσόδου αὐτοῦ βάπτισμα μετανοίας παντὶ τῶ λαῶ ἰσραήλ.
口語訳聖書
そのこられる前に、ヨハネがイスラエルのすべての民に悔改めのバプテスマを、あらかじめ宣べ伝えていた。
マタイ21:25
τὸ βάπτισμα τὸ ἰωάννου πόθεν ἦν; ἐξ οὐρανοῦ ἢ ἐξ ἀνθρώπων; οἱ δὲ διελογίζοντο ἐν ἑαυτοῖς λέγοντες, ἐὰν εἴπωμεν, ἐξ οὐρανοῦ, ἐρεῖ ἡμῖν, διὰ τί οὗν οὐκ ἐπιστεύσατε αὐτῶ;
口語訳聖書
ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。天からであったか、人からであったか」。すると、彼らは互に論じて言った、「もし天からだと言えば、では、なぜ彼を信じなかったのか、とイエスは言うだろう。
バプテスマのヨハネはヨルダン川で悔い改めの「水のバプテスマ」を施した。ヨハネの「水のバプテスマ」は来たるべきイエスの「聖霊と火のバプテスマ」を指ししめすバプテスマであった。ヨハネの「水のバプテスマ」はヨハネからきたものではなく、天からヨハネに来たバプテスマであった。(マタイ3:11)
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