ヨハネによる福音書1章1節

ヨハネによる福音書
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A. 日本語訳聖書 

【明治元訳】 
Jn.1:1 太初に道あり道は神と偕にあり道は即ち神なり
【大正文語訳】 
Jn.1:1 太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。
【口語訳】
Jn.1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

B. 英語・ラテン語訳聖書

King James Version
1:1 The former treatise have I made, O Theophilus, of all that Jesus began both to do and teach,

American Standard Version
1:1 The former treatise I made, O Theophilus, concerning all that Jesus began both to do and to teach,

Bible in Basic English
1:1 I have given an earlier account, O Theophilus, of all the things which Jesus did, and of his teaching from the first,

Darby’s English Translation
1:1 I composed the first discourse, O Theophilus, concerning all things which Jesus began both to do and to teach,

Douay Rheims
1:1 The former treatise I made, O Theophilus, of all things which Jesus began to do and to teach,

Noah Webster Bible
1:1 The former treatise have I made, O Theophilus, of all that Jesus began both to do and teach,

Weymouth New Testament
1:1 My former narrative, Theophilus, dealt with all that Jesus did and taught as a beginning, down to the day on which,

World English Bible
1:1 The first book I wrote, Theophilus, concerned all that Jesus began both to do and to teach,

Young’s Literal Translation
1:1 The former account, indeed, I made concerning all things, O Theophilus, that Jesus began both to do and to teach,

Amplified Bible
1:1 In the beginning [before all time] was the Word (Christ), and the Word was with God, and the Word was God Himself.

Latin Vulgate
1:1 In principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum.
(In the beginning was the Word, and the Word was with God, and God was the Word.)
~ The words ‘Deus’ and ‘Verbum’ are both in the nominative case, so the text could be read as ‘God was the Word,’ or as ‘the Word was God.’ However, word order in Latin is not entirely irrelevant, therefore this translation prefers ‘God was the Word,’ over ‘the Word was God.’ The same translation choice is made in the original Rheims New Testament of 1582.

C. 聖書引照 

ヨハネ1:1
ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。口語訳聖書

[初めに] 創世1:1 箴言8:22-31 ヨハネ17:5 エペソ3:8-12 コロサイ1:17 ヘブル1:1-3,10; 7:3; 13:8 Ⅰヨハネ1:1 黙示1:2,8,11; 2:8; 21:6; 22:13
[言があった] ヨハネ1:14 Ⅰヨハネ1:1-2; 5:7 黙示19:11-13
[言は神と共にあった] ヨハネ1:2,18; 16:28; 17:25 ピリピ2:6-7 Ⅰヨハネ1:2 箴言8:22-31
[言は神であった] ヨハネ10:30-33; 20:28 詩篇45:6 イザヤ7:14; 9:6; 40:9-11 マタイ1:23 ロマ9:5 ピリピ2:6 Ⅰテモテ3:16 テトス2:13 ヘブル1:8-13 Ⅱペテロ1:1 Ⅰヨハネ5:7,20 黙示19:13

D. ギリシャ語聖書

Jn.1:1
Stephens 1550 Textus Receptus
εν αρχη ην ο λογος και ο λογος ην προς τον θεον και θεος ην ο λογος

Scrivener 1894 Textus Receptus
εν αρχη ην ο λογος και ο λογος ην προς τον θεον και θεος ην ο λογος

Byzantine Majority
εν αρχη ην ο λογος και ο λογος ην προς τον θεον και θεος ην ο λογος

Alexandrian
εν αρχη ην ο λογος και ο λογος ην προς τον θεον και θεος ην ο λογος

Hort and Westcott
εν αρχη ην ο λογος και ο λογος ην προς τον θεον και θεος ην ο λογος

E.  ギリシャ語聖書 Interlinear

ヨハネ1:1
ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。口語訳聖書

ἐν  ἀρχῇ     ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν,
In[the]beginning was the Word, and the Word was with God,
G1722 G746 G2258 G3588 G3056 G2258 G4314 G2316

καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
and God was the Word.
G2316 G2258 G3056

F. ギリシャ語研究

ヨハネ1 :1
ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。口語訳聖書

§1) ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, 初めに言があった

✼ ἐν ἀρχῇ 初めに

Ⅰ 文法的構造と意味(ἐν ἀρχῇ) 

● ἐν: 前置詞与格、「〜において」。位置や手段をあらわし「~の中に、~の時に」の意味を持つ主要な前置詞。文法的には「ἐν + 与格」で「~の時に」と解釈されるため、「初めに」と訳される。
:ἐν(エンen {en})G1722
前置詞 ①~の中に、~の間に ②~の上に ③ところに、のそばに ④で ⑤よって ⑥に

● ἀρχῇ: 女性名詞「ἀρχή」の単数与格、「始め」「起源」。
:ἀρχῇ(アルケーarchē {ar-khay’})G746 
名詞、女性形 ①初め、最初、発端、源、起源、根源、原初 ②原因、根拠 ③権威、王権、支配、統治 ④初めの者、先導者、支配者 ⑤(物の)末端、角

Ⅱ ἐν ἀρχῇの神学的考察

「ἐν ἀρχῇ」(副詞句) 初めに
創世記との関連
「初めにἐν ἀρχῇ」(ヨハネ1:1)は、創世記1:1 「初めに神は天と地を創造された ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν」(LXX)、ヘブル語聖書「בְּרֵאשִׁ֖ית」(初めに)に対応する。創世記は「天と地の創造」をもって人間の創造と世界の起源について語り、ヨハネ福音書は「神のことばὁ λόγος(福音)」による人間の新しい創造について語る。創世記1:1「בְּרֵאשִׁ֖ית」(初めに)」は人間と世界の「はじめἀρχῇ」を意味するのに対して、ヨハネ1:1の「はじめἀρχῇ」はすべての被造物が創造される以前の「はじめ」を意味し、天地創造の以前に、すでに、すでに人間と世界の永遠の計画が神の内にあったことを暗示する。それは「新しい人間の創造」が創世記の人間創造以前にあることを意味するものとして、極めて重要である。創世記1:1以前における「神」の存在に関して、聖書は多くを語らない。創造以前の神について語るヨハネ1:1について、聖書全体からの注意深い考察は、信仰に大いなる祝福をもたらすに違いない。

§1)ἦν ὁ λόγος. 言葉があった。

✼ ἦν ὁ λόγος. 言葉があった。

Ⅰ 文法的構造と意味 

●ἦν: 動詞「εἰμί」の未完了過去形三人称単数、「存在していた」または「あった」。
:εἰμί(エイミeimi {i-mee‘})G1510 
動詞 ①ある、いる、~である、~です、~だ ②行われる、おこる、生ずる、現れる、来る ③いる、滞在する

●ὁ:冠詞(主・男・単) 
:ὁ, ἡ, τό ホ、へー、トho hē to {ho, hay, to} G3588
冠詞 ①これ、それ ②そのもの(人) ③彼、彼女 

●λόγος:名詞(主・男・単)
:λόγος(ろゴス logos)G3056 
名詞、男性形 ①言葉、語、言語表現 ②言説、言論、物語、会話、談話、話し合い ③言表、話、対話、弁舌、説明 ④理性、理解力、理由、根拠 ⑤計算、勘定、会計、決算、会計報告 ⑥語、文、句、章、巻 ⑦評価、秤量 ⑧神のメッセージ、教理、教義 
・λόγος対応ヘブル語דָּבָר dâbâr「ことば、行為、事柄」

●ὁ λόγος: 男性名詞(定冠詞 + 名詞, 主格)、「λόγος」の単数主格、「言葉」「理性」「論理」の意味を持つ。定冠詞
ὁがついているため、単なる「言葉」ではなく「特定の言葉」を指す。文の主語となり、「言(ロゴス)」が過去から存在していたことを示す。

Ⅱ ἦν ὁ λόγοςの神学的考察

●ἦνの神学的考察
「ἦν(存在していた)」が示す永遠性
ἦν(未完了形)は、単に過去の一時点ではなく、継続的・永続的な存在を強調し、「ὁ λόγοςことば」が創造の始まりの時点に初めて存在した」のではなく、創造の時を超越し、永遠から継続的・永続的に、「(創造の時点より前に)すでに存在していた(あった)ことを示し、神の完全性とその永続性をあらわす。神は「有て在る者* אֶֽהְיֶ֖ה אֲשֶׁ֣ר אֶֽהְיֶ֑ה*」である。(出エジプト3:14) 神とロゴスは創造以前に「有りて在り」、創造の完成をすでに有らしめる唯一の神である。

●ὁ λόγος神学的考察
ヘブライ的背景: ヘブライ語の「דָּבָר」(dabar)は、神の言葉(創造や啓示を実現する力)を指し、旧約聖書において、神の活動を象徴する重要な概念である。(詩篇33:6, 創世記1:3)
ギリシャ的背景:  ギリシャ哲学、特にヘレニズム思想とストア派哲学において、「λόγος」は宇宙を秩序立てる原理や普遍的な理性を指す。ヨハネはこれらの概念を統合し、「ὁ λόγος」を通じて、イエス・キリストの永遠性と創造主としての役割を示す。

●ἦν ὁ λόγοςの神学的解釈
キリスト論的意味: 
ヨハネは「ὁ λόγος」を単なる言葉としてではなく、擬人化された存在として提示し、λόγοςが神とともにあり(ヨハネ1:1b)、神そのものである(ヨハネ1:1c)と強調する。これは、「ὁ λόγος」がイエス・キリストを指していることを明らかにする。ヨハネはイエスの神性、永遠性、創造主としての役割を明確にし、全福音書の神学的基盤を提供し、創造と啓示におけるキリストの絶対的な中心性を示す。

Ⅲ 「ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος 初めに言があった」に関連する聖書の箇所

1 創世記1:1
「ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ Θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν.」(はじめに神は天と地とを創造された。)
ヨハネ1:1はこれを意識しつつ、「創造される前からロゴスが存在していた」ことを示す。

2 詩篇33:6
「もろもろの天は主のみことば(דְּבַר, λόγοςによって造られ、天の万軍は主の口の息によって造られた。」
ロゴスが創造の働き手であることを示唆。

3 コロサイ1:16-17
「万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。」
キリストが創造の前から存在し、万物を支える方であることを示す。

4 ヘブル1:1-3
「神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。 御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる。そして罪のきよめのわざをなし終えてから、いと高き所にいます大能者の右に、座につかれたのである。」

ロゴス=キリストを「神の自己表現」として理解する視点を補強。

§2) καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν,  言は神と共にあった。

✼ καὶ ὁ λόγος

Ⅰ 文法的構造と意義

●καὶ: 接続詞「そして」の意味を持ち、文のつながりをあらわす。この接続詞は、文全体の流れを自然につなぎつつ、「ὁ λόγος」が先行文と継続的で一体的な存在であることを示す。
:καί(カイkai {kah-ee})G2532 
接続詞 ①~と、~も、そして ②~さえ、でさえも ③しかし ④しかも、それは ⑤それでは、それだのに ⑥そうすれば、すなわち ⑦のみならず、もまた

●ὁ:冠詞(主・男・単) 
:ὁ, ἡ, τό ホ、へー、トho hē to {ho, hay, to} G3588
冠詞 ①これ、それ ②そのもの(人) ③彼、彼女 

●λόγος:名詞(主・男・単)
:λόγος(ろゴス logos)G3056 
名詞、男性形 ①言葉、語、言語表現 ②言説、言論、物語、会話、談話、話し合い ③言表、話、対話、弁舌、説明 ④理性、理解力、理由、根拠 ⑤計算、勘定、会計、決算、会計報告 ⑥語、文、句、章、巻 ⑦評価、秤量 ⑧神のメッセージ、教理、教義 
・λόγοςの対応ヘブル語דָּבָר dâbâr「ことば、行為、事柄」

●ὁ λόγος: 定冠詞ὁ(男性単数主格)+λόγος(名詞、男性単数主格)、「言葉」「理性」「論理」の意味を持つ。定冠詞ὁがついているため、単なる「言葉」ではなく「特定の言葉」を指す。文の主語となり、「言(ロゴス)」が過去から存在していたことを示す。後の文脈でὁ λόγοςがキリストを指すことが明らかにされる。

✼ ἦν πρὸς τὸν θεόν,

●ἦν: 動詞 εἰμί(「ある、存在する」)の未完了過去、三人称単数形。ここでは「~であった」「存在していた」と訳される。未完了過去形は継続的な存在や状態を示し、「言葉」の永遠性や存在の持続性が暗示される。
:εἰμί(エイミeimi {i-mee‘})G1510 
動詞 ①ある、いる、~である、~です、~だ ②行われる、おこる、生ずる、現れる、来る ③いる、滞在する

●πρὸς: 前置詞「〜に向かって」「〜とともに」で、対格(τὸν θεόν)を伴う。一般的にπρὸςは「~へ」「~に向かって」という動きを示すが、この場合は「~とともに」や「~と向き合って」という「親密な交わり」や「向き合う関係」を強調する。
:πρός(プロスpros {pros}) G4314 
前置詞 ①~のところへ、~の方へ、~に向かって ②~の近くに、~の側に、~に接して ③~のために ④~に対して ⑤~について ⑥~の面前で

●τὸν: 冠詞(対・男・単)
:ὁ, ἡ, τό (ホ、へー、トho hē to {ho, hay, to})G3588
冠詞 ①これ、それ ②そのもの(人) ③彼、彼女 

●θεόν: 名詞「神」(対・男・単)
:θεός(てオス theos {theh‘-os})G2316  
名詞 ①神 ②神性 ③唯一の神 (θεός の語源は次の二語に求められる1) τεθειχέναι 万物を自らの基の上に置く2) θέειν 駆ける)

●τὸν θεόν:(定冠詞+名詞)目的語。定冠詞が付いているため、特定の神、聖書の「唯一の神」を意味する。

Ⅱ  καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόνの神学的意義

●キリスト論
ヨハネは、天地創造より以前に、神と共に(神に向き合って)あったλόγοςが「神」であり、ヨハネ1:14で「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿り、すべての人を照すまことの光として、世に来た」として、λόγοςがイエス・キリストであることを証しする。イエスは天地創造の以前に、神と共にあり、ロゴスとして「創造の神」である。

●三位一体論
ὁ λόγος と τὸν θεόν の間に明確な区別があるが、同時にヨハネ1:1cでは「言葉は神であった」(θεὸς ἦν ὁ λόγος)と述べられ、言葉が神性を有していることが明らかにされる。このことが三位一体論の基礎となる。

●ὁ λόγοςの永遠性と創造との関係
「言葉ὁ λόγος」は創造の始まり以前から存在し、天地創造における神の命令や力として理解される。(創世記1:3との関連)。ヨハネ1:1-4はキリストの先在性(pre-existence)と創造力を強調する。

Ⅲ 「καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν 言は神と共にあった」に関連する聖書の箇所

1 ヨハネ1:1全体

ヨハネ1:1 三つのフレーズが言葉の性質と関係性を順に明らかにする
a. Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος(初めに言葉があった)
b. καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν(そして言葉は神とともにあった)
c. καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος(そして言葉は神であった)

2 旧約聖書との関連

●創世記1:1:「はじめに神は天と地とを創造された」との明確な関連があり、「言葉」が創造の中心であることが暗示されます。

●詩篇33:6:「もろもろの天は主のみことばによって造られ、天の万軍は主の口の息によって造られた」— 神の創造的な力としての「言葉」が詩篇にも登場します。

3 新約聖書の他の箇所

●コロサイ1:16-17:「万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られた」キリストを創造者として描写。

●ヘブライ1:3:「御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、その力ある言葉をもって万物を保っておられる」御子キリストをすべてを保つ存在として説明。

§3) καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος 言は神であった。

Ⅰ 文法構造と意義

●καὶ(kai) 接続詞「そして」「または」の意。この句はヨハネ1:1の前半とつながっている。(「ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.」)。
:καί(カイkai {kah-ee})G2532 
接続詞 ①~と、~も、そして ②~さえ、でさえも ③しかし ④しかも、それは ⑤それでは、それだのに ⑥そうすれば、すなわち ⑦のみならず、もまた

●θεὸς 名詞「神」(主・男・単)。
ここでは冠詞が付いていないため、「属性的な意味」を持つと考えられる。
:θεός(てオス theos {theh‘-os})G2316  
名詞 ①神 ②神性 ③唯一の神 (θεός の語源は次の二語に求められる1) τεθειχέναι 万物を自らの基の上に置く2) θέειν 駆ける)

●ἦν: 動詞 εἰμί(「ある、存在する」)の未完了過去、三人称単数形。ここでは「~であった」「存在していた」と訳される。未完了過去形は継続的な存在や状態を示し、「言葉」の永遠性や存在の持続性が暗示される。
:εἰμί(エイミeimi {i-mee‘})G1510 
動詞 ①ある、いる、~である、~です、~だ ②行われる、おこる、生ずる、現れる、来る ③いる、滞在する

●ὁ 冠詞(主・男・単)
:ὁ, ἡ, τό ホ、へー、トho hē to {ho, hay, to} G3588
冠詞 ①これ、それ ②そのもの(人) ③彼、彼女 
:λόγος(ろゴス logos)G3056 
名詞 ①言葉、語、言語表現 ②言説、言論、物語、会話、談話、話し合い ③言表、話、対話、弁舌、説明 ④理性、理解力、理由、根拠 ⑤計算、勘定、会計、決算、会計報告 ⑥語、文、句、章、巻 ⑦評価、秤量 ⑧神のメッセージ、教理、教義 

●ὁ λόγος(ho logos) 名詞(単数・主格)「言葉」「理(ことわり)」の意。冠詞(ὁ)がついているため、特定の「ロゴス」を指す。

Ⅱ καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.の文法構造と意義

●語順と意味の解釈
「καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.」は、ギリシャ語文法において特筆すべき点を持つ構造をしている。ギリシャ語では通常、主語には冠詞が付き、述語には冠詞が付かないという規則がある。そのため、「καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.」は「ὁ λόγος」が主語であり、「θεὸς」は述語になる。重要な点は、「θεὸς」が冠詞を持たずに述語名詞として使われていることである。直訳では「そして、言葉(ロゴス)は神であった。」となり、ロゴスが「神(ὁ θεός)」という特定の神格の別の位格ではなく、神の本質(神性)を持っていることを示すものである。

●καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόνの神学的解釈と意義
a 三位一体
このフレーズは三位一体論(Trinitarianism)の基盤となる重要な聖句の一つである。「ὁ λόγος」は「イエス・キリスト(受肉した神の言葉)」を指す(ヨハネ1:14)。「θεὸς ἦν ὁ λόγος」は、ロゴスが神であることを示すが、同時に「ὁ θεός」(父なる神)と完全に同一視されているわけではない。したがって、「ロゴスは神であるが、父なる神とは異なる位格(persona)を持つ」と解釈できる。この節は、イエス・キリストが神であることを証言しながらも、唯一の神のうちに位格の区別があることを示唆するため、三位一体論の重要な証拠とされる。

b. ユニテリアン的(単一神論)的解釈
一部のユニテリアン(非三位一体論者)やエホバの証人のようなグループは、この句を「ロゴスは神的存在であった(a god)」と解釈する。その理由として、「θεὸς」に冠詞がないことを挙げ、「神的な性質を持つ者(divine)」という意味で捉える。しかし、この解釈はギリシャ語文法における述語名詞の用法を十分に考慮していないと批判されている。

Ⅲ 「καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος 言は神であった」に関連する聖書の箇所

この語句に関連する聖書
ヨハネ1:1に関連する聖句をいくつか挙げ、それぞれのつながりを説明します。

1. ヨハネ1:14「καὶ ὁ λόγος σὰρξ ἐγένετο, καὶ ἐσκήνωσεν ἐν ἡμῖν.」(「そして、言葉は肉となり、私たちの間に宿った。」)

ヨハネ1:1で「神であったロゴス」が、「肉体を取った」という宣言。キリストの受肉(Incarnation)を表し、ヨハネ1:1の神性と結びつく。

2. ヨハネ10:30「ἐγὼ καὶ ὁ πατὴρ ἕν ἐσμεν.」(「わたしと父とは一つである。」)イエスが「父なる神と一つである」と宣言した言葉。これは「θεὸς ἦν ὁ λόγος」と整合する。

3. ヨハネ17:5
「καὶ νῦν δόξασόν με σύ, πάτερ, παρὰ σεαυτῷ τῇ δόξῃ ᾗ εἶχον πρὸ τοῦ τὸν κόσμον εἶναι παρὰ σοί.」(「父よ、今、あなたのそばで、世界が存在する前に私が持っていた栄光で私を栄光に輝かせてください。」)キリストが「天地創造の前に父と共にあった」と述べる。ヨハネ1:1の「ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος」と一致。

4. コロサイ1:15-17「ὅς ἐστιν εἰκὼν τοῦ θεοῦ τοῦ ἀοράτου, πρωτότοκος πάσης κτίσεως· ὅτι ἐν αὐτῷ ἐκτίσθη τὰ πάντα…」(「彼は見えない神のかたちであり、すべての被造物の初子である。なぜなら、彼においてすべてのものが創造れたからである。」)キリストが創造の根源であることを強調。ヨハネ1:1-3と一致。

G. 細き聲 聖書研究ノート

<ヨハネ1:1>

ギュツラフ『約翰(ヨハネ)福音之伝』
「ハジマリニ カシコイモノゴザル、コノカシコイモノ ゴクラクトトモニゴザル、コノカシコイモノワゴクラク。ハジマリニ コノカシコイモノ ゴクラクトトモニゴザル。」 (ヨハネ1:1~2)
ヘボン1872年訳
「元始(はじめ)に言霊(ことだま)あり 言霊は神とともにあり 言霊ハ神なり。この言霊ハはじめに神とともにあり。よろづのものこれにてなれり なりしものハこれにあらでひとつとしてなりしものハなし。これに生(いのち)ありし いのちは人のひかりなりし。」 (ヨハネ1:1~4、ヘボン1872年訳『新約聖書約翰(ヨハネ)伝』)

<初めにことばがあった ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος,>

「初めに ἐν ἀρχῇ」は、創世記1:1 「Gen.1:1 初めに神は天と地を創造された。ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν」(LXX)に対応する。「ことば ὁ λόγος」は天地創造の前から神とともにあった。神は、この「ことば ὁ λόγος」によって天と地を創造された。「御言葉(ὁ λόγος)によって天は造られ/主の口の息吹によって天の万象は造られた。」 詩篇33:6 新共同訳聖書

旧約外典知恵の書は天地創造の前から神と共にあった「ことば ὁ λόγος」を「知恵」と呼ぶ。「先祖の神、憐みの主よ、あなたはみ言葉によって万物を造り、知恵をもって人を形づくられました。」 知恵の書9:1~2 フランシスコ会訳聖書

<ことばは神と共にあった καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν,>

「πρὸς τὸν θεόν 神と共に」 πρὸς 対格 は「~に向かって」をあらわしている。「ことば ὁ λόγος」は常に神に「向いて(共に)」あった。この「互いに向き合って共にある神とロゴス」の内に、これから創造される世界と人間のかたちがあった。今や、「神と共に向き合ってあった神とロゴスの交わり」は「人間と世界」とも同質の交わりを広げられる。神はインマヌエル「神われらと共にいます」神である。(マタイ1:23)

<ことばは神であった καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.>

「ことば ὁ λόγος」は、モーセに「我は有て在る者なり」(出エジプト3:14 明治元訳聖書)と御自身を現わされた神と共にあって、「生ける、存在の神 θεὸς」であった。存在を生み出すのは「ことば」であり、「ことば」は存在を確認する。人は神を見出すことも確認することもできない。神の御存在を確認されるのは神御自身である。人は、この神において、「有りて在る者」としての自らとも出会う。

H. ❖ギリシャ語からのShort message❖ Small Voice Short message 

❖心のデボーション6263  

「太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき」 ヨハネ1:1 大正文語訳聖書
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」 新改訳聖書

 「はじめ」

創世記1:1に「初めに、神が天と地を創造した」と人間のはじめとしての天と地の創造を語り、ヨハネ1:1は「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」とイエス・キリストによる新しい人間の創造を語る。「はじめ」に、その「はじめ」が置かれる。

関連ギリシャ語
(ἀρχὴ「起源、初め」G746)
(λόγος「ことば」G3056)

❖心のデボーション1962

「太初に言あり、言は神と偕にありl、言は神なりき」 ヨハネ1:1 大正文語訳聖書
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」 聖書協会共同訳聖書

 「すべての道の初め」

「主はその道の初めに私を造った/いにしえの御業の始まりとして。」 箴言8:22 聖書協会共同訳聖書

「すべての道の初め、すべての御業の始まり」に、御子イエス・キリストを置かれる。「万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった」 ヨハネ1:3 聖書協会共同訳聖書

関連ギリシャ語
(ὁδός「道」G3598)
(κτίζω「創造」G3598)

❖心のデボーション1969  

「太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき」 ヨハネ1:1 大正文語訳聖書
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」 聖書協会共同訳聖書

 「いのちと力の希望」

「この世に先立って、初めに主は私を造られた。私は、永遠に至るまで、消え去ることがない。」 ベン=シラの知恵24:9 聖書協会共同訳聖書
「〔私は、美しい愛と畏れ、知識と清い希望の母であり、主に選ばれ、永遠の命を受けた。私の子どもたちに、これを与える。〕」 ベン=シラの知恵24:18 聖書協会共同訳聖書
すべてに先だって、「知恵」が造られ、「知識と希望の母」として主に選ばれ、永遠のいのちを受けた者に「いのちと力の希望」を与える。それは永遠に至るまで消え去ることがない。

関連ギリシャ語
(αἰών「永遠」G165)
(σοφία「智慧」G4678)
(ἐλπίς「希望」G1680)

❖心のデボーション2363

「太初(はじめ)に道(ことば)あり道(ことば)は神偕にあり道(ことば)は即ち神なり」 ヨハネ1:1 大正文語訳聖書
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」 口語訳聖書

 「神のアルファベット」

ソクラテスは「Mathematics is the alphabet with which God has written the Universe 数学は神が宇宙を書くためのアルファベットだ」と言ったそうである。ヨハネ福音書には「初めに言があった。 ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος」とあり、「ことば ὁ λόγος」が天と地を創ったと記す。数学は宇宙を定義するかもしれないが、「神」を書くことはできない。「神のアルファベット」は「神の御言葉」である。

関連ギリシャ語
(λόγος「ことば」G3056)

❖心のデボーション6263

「太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき」 ヨハネ1:1 大正文語訳聖書
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」 新改訳聖書

 「はじめ」

創世記1:1に「初めに、神が天と地を創造した」と人間のはじめとしての天と地の創造を語り、ヨハネ1:1は「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」とイエス・キリストによる新しい人間の創造を語る。「はじめ」には、その「はじめ」が置かれる。

関連ギリシャ語
(ἀρχὴ「起源、初め」G746)
(λόγος「ことば」G3056)

I. 神学的小論 (ヨハネ1:1より)

【神学的小論】(その1)

§「ヨハネ1:1と創世記1:1におけるἐν ἀρχῇ(初めに)の考察」

創世記1:1は冒頭に「初めに(בְּרֵאשִׁית)LXX ἐν ἀρχῇ ἐποίησεν ὁ θεὸς τὸν οὐρανὸν καὶ τὴν γῆν」があり、ヨハネ1:1も冒頭に「初めにἐν ἀρχῇ」が置かれる。創世記の「初めにἐν ἀρχῇ」は「時と被造世界の初め」であり、続く創世記1-4章は「人間の創造」がテーマである。これに対してヨハネ1:1「初めにἐν ἀρχῇ」は「時と被造世界の初め」の以前の「初め」であり、続くヨハネ福音書のテーマは「イエス・キリストによる新しい人間の創造」である。すなわち、創世記が「人間」について、「天と地の創造の時」から始めるのに対して、ヨハネ福音書は「新しい人間」について「天と地の創造以前の神」から始めるのである。

Ⅰ 「新しい人間」

創世記1:1の「初めἀρχῇ」が「人間の存在の初め」を指し、ヨハネ1:1の「初めἀρχῇ」が「新しい人間の初め」を指すとすれば、新約聖書のイエス・キリストによる「新しい人間」は、人間の創造に先立ち、創世記以前の「神」の内に、すでに神と共にあったのである。創世記は、この創造以前の神の内にあった「新しい人間」が神によって、アダムとエバとして地に「形創られた」ことを語り、ヨハネはその完成を語る。
「真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである」。(エペソ4:24)
「造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである」。(コロサイ3:10)

Ⅱ 「人の光」

イレナイオス(c.130–c.202)は「神はこの世界を善として創造された。堕落によって壊れたが、キリストによって再び造り直される」と主張したが、神の創造は「堕落によって壊れる」ものであったろうか? 
「すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった」(ヨハネ1:3-5)と記されている。
神のロゴスに「いのち」があり、この「いのち」は「人の光」であり、「闇はこれに打ち勝つことはない」。神の創造された「天と地」は死んだ世界ではなく、それ自体が生きた、活動するいのちの世界であり、方向性をもち、意味をもつ世界であった。

Ⅲ 開かれたいのち

「創造以前の神」から始まる「創造」は、静止的世界ではなく、常に「新しさ」に向かう動的世界である。閉じられた世界ではなく、開かれた世界である。神の「光」に照らされた「いのち」がいのちを生み出す「開かれたいのち」であった。
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」。(Ⅱコリント5:17)
「そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう」。(黙示21:4)

【神学的小論】(その2)

§「天地創造以前の世界における「三位一体」

ヨハネ1:1 Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος,καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν,καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος. 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

Ⅰ 天地創造以前の「三位一体の神」

ヨハネ1:1は、「ことばλόγος」(後に「肉体となり、わたしたちのうちに宿った〔イエス・キリスト〕」ヨハネ1:14)が天地創造以前に、すでに「神と共におられ」、しかも「神でおられた」ことを明示する。三位一体の「父なる神」と「子なる神、イエス・キリスト(λόγος)は永遠から永遠に「三位一体の神」である。

ヨハネ1:1には「聖霊なる神」への直接的な言及はない。しかし、聖書は、創世記1:2に「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊(רוּחַ אֱלֹהִים, ルーアフ・エロヒーム)が水のおもてをおおっていた」として、「神の霊(רוּחַ אֱלֹהִים, ルーアフ・エロヒーム)LXXπνεῦμα θεοῦ」、すなわち「聖霊πνεῦμα」が天地創造以前から、すでに存在し、父なる神と御子イエスと聖霊が天地創造以前から永遠に「三位一体の神」として存在されていたことを明らかにするのである。

Ⅱ 「天地創造以前の神の本質」

●「天地創造以前の神の本質」
天地創造以前の神の存在について、人間はそのすべてを知ることはできない。人間はその目撃者ではないからである。しかし、聖書は、このことについても神の本質を伝えており、その光に触れることは重要である。
聖書は神の本質は「愛」であると語る。(Ⅰヨハネ4:16「神は愛である。」ヨハネ17:25「天地が造られる前からわたしを愛して下さって…」) 天地創造以前に、父、御子、御霊の「三位一体の神」は互いに交わりをもち、永遠に父・子・聖霊として一つの存在であった。神は天地創造以前から「三位一体の神」として存在し、「その愛の交わり(すなわち愛)」はあらゆる「存在の本質οὐσία,(ousia)」であり、創造の「働きἐνέργεια(energeia)」の源であった。神の本質は静的なものではなく、動的であり、「働き」を生み出す「永遠の力・創造の力δύναμις(dýnamis)」である。

●「愛の関係性」
三位一体の神の「愛」が創造の力であるということは、神の創造された世界が、「相互関係を本質とする(すなっわち愛)」を示すものである。存在は他と切り離して存在せず、根源的に一つの「交わり」の構造をもち、宇宙の秩序を保つのである。
「愛」の本質は「分かちあう」働きにある。三位一体の神の内にある「愛」は、強い関係性に結ばれ、「分かち与えるために外に溢れ出て止まない力である。父なる神は天地創造の意思を持ち、ロゴスはその口から出でて神の意志を実現し、聖霊(πνεῦμα, ルーアフ)はいのちと秩序を与えた。創造は「三位一体の神」の永遠の愛の交わりの「外に現れた形」である。

神の「ことばλόγος」によって宇宙が創造されたということは、「宇宙」が「理性λόγος」によって理解することが可能であることを約束する。現代宇宙論(ビックバン)や量子物理学は「宇宙が目的をもち、動的(ロゴス的)で、生命的であることを明らかにしつつある。

Ⅲ 「神のかたちに」

●「三位一体の神の愛によって」
天地創造の目的は「人間の創造」である。神は「われわれのかたちに〔三位一体の神のかたちに〕、われわれにかたどって〔三位一体の神にかたどって〕人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」と言われた。(創世記1:17) 「わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます」。(Ⅰヨハネ4:16) 「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。 (ヨハネ3:16) 

●「神のかたちに」
人間は外に溢れ出て止まない「神の愛」の対象として「命の息をその鼻に吹きいれられ…、生きた者となった」。(創世記2:7) 人間は己の為に生きるものではなく、「愛の関係性」を本質として生きる存在として「三位一体の神のかたち」に創造され、「三位一体の神のかたち」を映す者として愛に生きるのである。
人間は神ではない。「神ではない」と認識し、自ら「神ではない」と告白することこそを、「神への愛の証し」とし、「存在の尊厳」とし、それをもって「三位一体の神のかたち」をあらわす者である。「三位一体の神の交わり」からつくられた人間は、すべての創られた者との「強い関係性(互いを求め、互いに引き合う力・互いの存在を可能にする力)」を求めてやまない。それによって人間は神と自己の存在を知る。神は、かくも尊き器として人間を創造されたのである。

「また、天からこう告げる声が聞こえた。『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。』」。(マタイ3:14新改訳聖書)

J. 細き聲 聖書研究ノート(別稿)

(「細き聲 聖書研究ノート」はテーマ別にまとめられた聖書研究ノートです。それらは別稿として細き聲ホームページ「聖書研究ノート」にまとめられています。本稿ではその番号、聖書カ所、タイトルのみを記載しますので、関心のある方は細き聲ホームページからご覧ください)

細き聲 聖書研究ノート
0001 ヨハネ1:1「初めに言があった」
0002 ヨハネ1:1「言は神と共にあった」
0003 ヨハネ1:1「わたしはアルパであり、オメガである」
0004 ヨハネ1:1「御子の働き」
0005 ヨハネ1:1「言は神であった」