ヨハネによる福音書1章6節

ヨハネによる福音書
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目録

A. 聖書 
B. ギリシャ語研究
 Ⅰ ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。
  (1) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の文法構造と意味
  (2) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の用法
 Ⅱ ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネと言った。
  (1) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の文法構造と意味
  (2) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の用法
C. 神学的小論
 神学的小論① テーマ 「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人あり」
 神学的小論② テーマ 「神の派遣」
 神学的小論③ テーマ 「名を呼ぶ神」
 神学的小論④ テーマ 「その名はヨハネ」
G.ギリシャ語からのShort message 

A. 聖書

ギリシャ語聖書
Jn.1:6 ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·

Latin Vulgate
Jn.1:6 Fuit homo missus a Deo, cui nomen erat Ioannes.

明治元訳聖書 
Jn.1:6 偖(さて)ここに神の遣(つかは)し給}へるヨハネと云る者あり

大正文語訳聖書 
Jn.1:6 神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ

口語訳聖書
Jn.1:6 ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。

King James Version
Jn.1:6 1:6 There was a man sent from God, whose name [was] John.

American Standard Version
Jn.1:6 1:6 There came a man, sent from God, whose name was John.

B. ギリシャ語研究

目録

Ⅰ ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。
 (1) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の文法構造と意味
 (2) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の用法
  ⅰ) 「ἐγένετο現れた」の意義
  ⅱ) 「ἀπεσταλμένος遣わされた」者としての役割
  ⅲ) 「神から」
Ⅱ ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネと言った。
 (1) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の文法構造と意味
 (2) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の用法
  ⅰ) 文法構造
  ⅱ) 与格 αὐτῷ の機能
  ⅲ)  ὄνομα の位置と機能

ヨハネ1:6
ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。

Ⅰ ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。

(1) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の文法構造と意味

ἐγένετο (egéneto) 動詞 γίνομαι のアオリスト中動態、直説法、3人称単数(受動的ニュアンスを帯びる)。。存在の出現を表す語であり、ここでは、ある時点で「〜が生じた」「〜が現れた」「〜となった」という意味で使われている。

ἄνθρωπος (ánthropos) 不定名詞の単数、主格。意味は「人間」または「人」。ὁ λόγος(神的存在)と対比される「被造物としての人間」「ただの人間」「光そのものではない存在」。この場合、「特定の人」というニュアンスがある。ロゴス(神)とヨハネ(人間)の本質的区別を文法レベルで提示するものである。

ἀπεσταλμένος (apestalmenos) 動詞 ἀποστέλλω の完全受動分詞(perfect passive participle)中動態、単数、主格、男性。「遣わされている」「派遣された状態にある」。完了形は「過去に神が派遣したという行為があり、その結果として「今も遣わされた者として存在している」ことを示し、ハネを「神の派遣を受けた状態にある者」として描く。

παρὰ θεοῦ (para theou) 前置詞句。παρὰ(+属格)は「~から」という意味で、出所を示す。θεοῦ(神)は属格で、「神から遣わされた」という意味を明確に示す。ヨハネの使命の起源は「神」にある。

(2) ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,の用法

ⅰ) 「ἐγένετο現れた」の意義

「ἐγένετο」は単なる誕生ではなく、特別な目的を持った出現を意味する。さらに「ἐγένετο」は「永遠のロゴス」が「ἦν(存在していた)」に対して、ヨハネが「歴史的存在ἐγένετο」であることを示し、ヨハネが「光」ではなく、「光について証しするために現れた」ことを示す。

ⅱ) 「ἀπεσταλμένος遣わされた」者としての役割

「ἀπεσταλμένος遣わされた」という分詞は、ヨハネの使命が完了した過去の一回的な行為ではなく、現在も続く状態であることを意味する。この言葉は、ヨハネが神の直接的な命令を受けた存在であり、その使徒的性格を表す。

ⅲ) 「神から」

「παρὰ θεοῦ」は、ヨハネの使命が人間的なものではなく、完全に神からのものであることを強調する。これにより、ヨハネの証言の信頼性が明かされる。
文の構造 ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ,
「ἐγένετο現れた」+「ἄνθρωπος一人の人間が」+「ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ神から遣わされている者として」、すなわち「神から遣わされた者として、一人の人間が現れた」。

Ⅱ ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネと言った。

(1) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の文法構造と意味

ὄνομα  中性名詞・単数・主格(または対格)「名前」
αὐτῶ  三人称単数・与格・代名詞「彼に」
ἰωάννης 固有名詞・男性・単数・主格「ヨハネ」

(2) ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης·の用法

ⅰ)  形態と構造

「ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネと言った。」ここには、動詞が明示されていない。ギリシャ語では、存在動詞 ἐστίν が省略されることがよくある。したがって、構造としては、「ὄνομα名」+「αὐτῷ彼に+「Ἰωάννηςヨハネ」という「名詞句+与格+名詞」の構造で、意味としては、「彼の名はヨハネである」と理解される。

ⅱ) 与格 αὐτῷ の機能

αὐτῷ は「彼に」という与格であるが、ここでは典型的な 所有の与格 (dative of possession)として機能する。:
直訳的には「彼に名がある、それはヨハネである」、意味としては「彼の名はヨハネである」と読むことができる。
ギリシャ語では、「与格(人)+ ἐστίν + 主格(名詞)」という形で「〜は…を持っている」という所有表現を作ることがある。ここでは ἐστίν が省略されている形と考えられる。「彼に属する名」が「ヨハネ」である、という所有関係が暗示されている。

ⅲ)  ὄνομα の位置と機能

ὄνομα はここで「名」という一般名詞であるが、「彼の名は…」という定型表現の一部である。旧約・新約を通じて、「名」は単なるラベルではなく、存在・召命・アイデンティティと深く結びつく語であり、文法的には、
ὄνομα = 主語的要素
Ἰωάννης = 補語的要素(その名の内容)
と見ることができる。

C. 神学的小論

目録

神学的小論① テーマ 「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人あり」
神学的小論② テーマ 「神の派遣」
神学的小論③ テーマ 「名を呼ぶ神」
神学的小論④ テーマ 「その名はヨハネ」

神学的小論①

テーマ 「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人あり」

「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人あり」(ヨハネ1:6)から、イエス・キリストの福音書が始まる。神の御業がなされるところに、「ひとりの人」がいる。

Ⅰ ἐγένετο 存在の出現

「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人あり」。(ヨハネ1:6) ここでの動詞「ἐγένετο」は、単なる誕生ではなく、特定の時点に「ひとりの人が現れた、存在するようになった」ことを強く主張する。この文法構造は非常に簡潔でありながら深い神学的意義を含む。

動詞 ἐγένετο は「創造」や「生成」のニュアンスを持ち、「存在の出現」を告げる。ここでのἐγένετο は、ヨハネ1:3の「καὶ χωρὶς αὐτοῦ ἐγένετο οὐδὲ ἕν ὃ γέγονεすべてのものは、彼によって造られた。彼なしには何一つ造られたものはない。」(新改訳2017)との関連)を想起させる。すなわち、天地創造以前に神と共にあった「ロゴス(ことば)」は、すべてのものを存在に至らせ(ἐγένετο)、そして今、地に「一人の人 ἄνθρωπος」を存在するに至らせた(ἐγένετο)」(ヨハネ1:6)のである。「ひとりの人」が「この時、ここに現れる」のは、偶然では決してなく、神の創造的御業である。そして、人間が「自己」という存在に気づくはるか以前に、「一人の人」は神の内にすでにその存在を始めているのである。存在を成らせる神は、存在に先立って「存在」を創生される神である。

Ⅱ ἄνθρωπος 一人の人

さらに、「ここにひとりの人あり」と言われるとき、それによって神の御業は、まさに、「今そこに、はじまろうとしている」のである。「ひとりの人」がバプテスマのヨハネを指すことは、続く文脈に明らかである。しかし、著者ヨハネが、直接「ここにバプテスマのヨハネあり」と言わずに、あえて「一人の人ἄνθρωποςあり」を置くことは、すべての人が「ひとりの人」として「今、ここに在る」ことに気づかせ、それが神の創造的御業であり、そこに神の御業がはじまろうとしている事実を読者に告げるためではないだろうか。

神学的小論②

テーマ 「神の派遣」

ヨハネ1:6「ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ ここにひとりの人があって、神からつかわされていた」。
「ここにひとりの人あり」、その人は「神からつかわされて」そこに「在った、成った」。「人 」は神に「派遣」されて「在る、成る」と言われる。

Ⅰ ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ 神の派遣

「ἀπεσταλμένος」は動詞 ἀποστέλλω の完全受動分詞(perfect passive participle)で、「遣わされている」「派遣された状態にある」をあらわす。完了形のニュアンスは 過去に神が派遣したという行為があり、その結果として「今も遣わされた者として存在している」ことを示す。「派遣の業」は人が遣わされ前に、すでに、神の内に成ったものであり、その結果として、「派遣」がおこる。人は、「すでに成ったこと」を「今に負う者」として派遣されるのである。「ここにひとりの人あり」ということは、神の派遣が「今、そこにある」ということである。

Ⅱ ἄνθρωποςからἀπεσταλμένος へ

ヨハネによる福音書は、「人間とは何か」という問いを、常に「私とは何か」に焦点をあわせる。聖書が目指すのは「今、ここにある私」である。ヨハネ1:6は「ἐγένετο ἄνθρωπος ここにひとりの人(ἄνθρωπος人、人間、人類)あり」から「ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ神からつかわされている」へ、そして「ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネ」と、真直ぐに「具体的なひとりの人」に焦点が当てられる。

これは聖書の目的にかなったヨハネのメッセージである。読者は「バプテスマのヨハネ」から、さらに神が「私」を名指しで呼ばれるのを聞かなければならない。人は、神に派遣されて「今そこに、在る」のである。

神学的小論③

テーマ 「名を呼ぶ神」

ヨハネ1:6「ὄνομα αὐτῶ Ἰωάννης その人の名はヨハネ」。「ἐγένετο ἄνθρωπος 一人の人あり」は、直後の「その名はヨハネ」によって「バプテスマのヨハネ」であることがわかる。神は人を「その名で呼ばれる神」である。

Ⅰ 神と名

聖書において「ὄνομα名」は存在の本質・使命・関係性を表す。まず、神は「唯一の神」でありながら、その名をもって現れる神である。神は聖書に、その名を「わたしはある(YHWH)」(出エジプト3:14)と明らかにされ、神はイエスを「高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった」「それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである」(ピリピ2:9-11)と告げ、「神の名」の重要性が語られる。神の名は神性をあらわし、神の計画と直接つながり、計画を成らせる力である。

Ⅱ 名を呼ぶ神

名をもって現れる神は、人を名をもって呼ばれる神である。人間は匿名の存在ではない。すべての人は父母より与えられた「名」をもっている。しかし、それとは別に、「神が呼ぶ名」がある。誰も、自分を呼ぶその名を知らない。知らないことは何の問題ではない。なぜなら、神に名を呼ばれると、人は「自分が呼ばれた」と分かるからである。この関係は「羊飼いと羊」の関係から理解できるかもしれない。羊飼いは自分の羊をそれぞれの名を呼ぶ。「門番〔羊飼い〕は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す」。羊は自分の名を呼ぶ羊飼いの声を知っている。盗人が呼んでも羊がついて行くことはない。(ヨハネ10:3)

神が人をそれぞれの「ὄνομα名」をもって呼ばれるのは、存在と起源を明らかにするとともに、存在の使命と召命を告げるためである。

神が呼ばれる名は「その使命」をあらわす名である。使命は固有のもので、それゆえに「存在と召命のὄνομα固有の名」を成すのである。人は「神の前で固有の名と召命を持つ者」である。「人間とは何か」に対する答えがここにある。人は「群衆の中のただの人間」ではなく、「名を呼ばれた存在」として神の業に参与する存在である。

神学的小論④

テーマ 「その名はヨハネ」

「μα αὐτῶ ἰωάννης· その名をヨハネと言った」。(ヨハネ1:6)ヨハネ1:6は、「神から遣わされた一人の人(ἄνθρωπος人間)」から「ὄνομα αὐτῶ ἰωάννης· その名はヨハネ」と、神の派遣が「一般名詞」から「ヨハネ」という、神に呼び出された「固有名を持つ存在」へと焦点が絞られてゆく。

Ⅰ 「μα αὐτῶ ἰωάννης· その名はヨハネ」

ルカ1:5-65には、バプテスマのヨハネの名にまつわる驚くべき出来事が記されている。ヨハネの名は、エリサベツが身籠る前に御使いによってザカリヤに「καλέσεις τὸ ὄνομα αὐτοῦ ἰωάννην. その子をヨハネと名づけなさい」(と告知されていた。(ルカ1:13-14)しかし、祭司ザカリヤは老齢を理由に、御使いのお告げを信じなかったので、誕生するまで、おしになり、ものが言えなくされた。御使いのお告げの通りに男の子が誕生すると、親戚の者たちが習慣に従って、父の名にちなんで「ザカリヤ」と名づけようとすると、母エリサベツは、それを否定し、御使いのお告げに従って「ヨハネ」と主張した。ヨハネという名は親族の中にはないので人々がいぶかり、口も耳も閉ざされたザカリヤに書き板を渡すと、ザカリヤは「ἰωάννης ἐστὶν ὄνομα αὐτοῦ その名はヨハネ」と書いたので人々は驚いた。するとザカリヤの口が開け、ものが言えるようになった。(ルカ1:5-65)

ヨハネは祭司ザカリヤの後継者としてではなく、「ヨハネ᾽Ιωάννης (神は恵み深い)」として、来るべきメシアが神の恵みによることを人々に知らせるために、メシアの先触れとして神が遣わされた神の器であった。

Ⅱ 「ἰωάννηςヨハネの意味」

神がヨハネに与えた「ἰωάννης」という名は、「主は恵み深い」という意味を持つ。ヨハネはその名の示すように「恵みの前触れ」として、「恵みの時代」「光の到来」の前触れとして、到来する福音(恵み)を予告する。ヨハネは「光」ではなく、「光」を証言するために、世に遣わさた神の使者であった。

バプテスマのヨハネは、その使命のために、生まれながらのナジル人として成長した。(ルカ1:15,16) ナジル人は「分離された者」の意味で、特別な使命の為に、誓約によってその身を神に聖別した。ナジル人は葡萄酒や濃い酒を飲むこと、髪の毛を切ること、死体に触れることが厳しく禁じられた。(民数6:1~21)サムエル、サムソンはナジル人であった。

イエスが宣教を開始される頃、バプテスマのヨハネは、死海に近いユダの荒野に現れ、イスラエルの民に罪の悔い改めを迫り、ヨルダン川で人々にバプテスマを施し、神から遣わされるメシアの出現を預言した。この時、バプテスマのヨハネは駱駝の毛の衣をまとい、腰に皮の帯を締め、イナゴと野蜜を食した。それは預言者エリヤの装束だったので、人々はヨハネの姿に預言者エリヤを重ねることができたのである。

イエスはヨルダン川に着かれ、バプテスマのヨハネからバプテスマを受けた。(マタイ3:13-17) バプテスマのヨハネの使命はメシアとして来られたイエスを証しすることであった。

G.ギリシャ語からのShort message 

目録

Ⅰ 心のデボーション2611 「一人の人の現われ」 ヨハネ1:6
Ⅱ 心のデボーション2621 「その名はヨハネ」 ヨハネ1:6

Ⅰ 心のデボーション2611

「神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ」 ヨハネ1:6 大正文語訳聖書
「一人の人が現れた。神から遣わされた者で、名をヨハネと言った。」 聖書協会共同訳聖書

 「一人の人の現われ」

「一人の人が現れ ἐγένετο ἄνθρωπος」た。「現れる γίνομαι ギノマイ」には「事がおこる」の意味がふくまれている。「一人の人の現われ」は「一つの事の始まり」である。「一つの事の始まり」は常に神によってもたらされるのである。

関連ギリシャ語
(ἐπεισαγωγή「現れる」G1898)
(ἀνθρώπινος「人間」G441)

Ⅱ 心のデボーション02611

「神より遣されたる人いでたり、その名をヨハネといふ」 ヨハネ1:6 大正文語訳聖書
「一人の人が現れた。神から遣わされた者で、名をヨハネと言った。」 聖書協会共同訳聖書

 「その名はヨハネ」

神は地に「一人の人」を遣わされ、その「名をヨハネと言った」。神が派遣されるのは、ヨハネという名を持つ存在する「一人の人」である。神は名をもって人を呼び出され、業を行わせ給う。

関連ギリシャ語
(ὄνομα「名」G3686)
(ἀποστέλλω「派遣する」G649)