心のデボーション645

デボーション1
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心のデボーション6441

「神乾ける土を地と名け水の集合るを海と名けたまへり神之を善と觀たまへり」 創世記1:10  明治元訳聖書

「神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。」 口語訳聖書

 「海」

神は、「乾いたところを陸」「水の集まった所を海」と名付けられます。「水の集まった所」はヘブル語「ミクヴェー」ですが、この語は「集まり、集合」の意味と「望み、希望」の意味を併せ持ちます。聖書では「集まること」すなわち「秩序の確立」は「希望の誕生」を意味します。神の混沌から秩序への働きが「希望」であり、「海」はその深さを意味します。

関連ギリシャ語
(ὕδωρ ζῶν「生ける水」ヨハネ4:10)

心のデボーション6442

「それ神の賜物と召とは變ることなし。」 ロマ11:29  大正文語訳聖書

「神の賜物と召しとは、変えられることがない。」 口語訳聖書

 「障害元型」

ユング派の心理学者グッゲンビュール・クレイグは、「人間の心にはいくつになっても治ったり改善されない、どうしょうもない欠陥がある」と指摘し、それを「障害元型」と呼ぶ。「どうしょうもない欠陥は」は、克服したり解決することができない。その為の努力は「全くムダ」である。それを抱えたまま生きることが、この元型のテーマである。これも又、神が私たちに与えてくださった「賜物」かもしれない。

関連ギリシャ語
賜物
(δωρεά「賜物」G1431)
「χάρισμα「賜物」G5486)

心のデボーション6443

「神は更に大なる恩惠を賜ふ。されば言ふ『神は高ぶる者を拒ぎ、へりくだる者に恩惠を與へ給ふ』と。」 ヤコブ4:6  大正文語訳聖書

「しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。」 口語訳聖書

 「純な心」

旧約聖書外典・知恵の書1:1「地をおさめる者たちよ、義を愛せよ。善良なな心で主を思い、純粋な心で主をめよ」。(フランシスコ会訳聖書) 知恵の書は、まず、「善良な(純粋な、素直な、誠実な)心で神を思い、純朴(自然な、素朴な、飾り気のない)心で神を求めよ」と語りかける。それは人が「善良な(純粋な、素直な、誠実な心で自己を思い、純朴な(自然な、素朴な、飾り気のなく)自己を求める」ためである。神の前に立つとき人間の一切の「たかぶり」を砕かれ、その謙譲が人をして自己の前に立たしめる。

関連ギリシャ語
(ταπεινοφροσύνη「謙遜・へりくだり」G5012)

心のデボーション6444

「汝らエジプトに宣べミグドルに示し又ノフ、タパネスに示しいふべし汝ら堅く立ちて自ら備よ 劍なんぢの四周を食ひたればなり」 エレミヤ46:14  明治元訳聖書

「エジプトで宣べ、ミグドルで告げ示し、またメンピスとタパネスに告げ示して言え、『堅く立って、備えせよ、つるぎがあなたの周囲を、滅ぼし尽すからだ』。」 口語訳聖書

 「備え」

台風が接近している。妻は冷蔵庫をチエックして、「今のうちに、アイスクリームを食べておこう」という。台風で停電したら溶けてしまうかもしれない、それならその前に、というわけである。危機に備えるのは、かしこい人間の知恵だ。しかし、私たちが実際にできるのは、この程度のかしこさかもしれないと、夫婦でアイスクリームを食べながら思った。

関連ギリシャ語
(ἑτοιμάζω「備え」G2090)

心のデボーション6445

「又われら父のその子を遣して世の救主となし給ひしを見て、その證をなすなり」 Ⅰヨハネ4:14  大正文語訳聖書

「わたしたちは、父が御子を世の救主としておつかわしになったのを見て、そのあかしをするのである。」 口語訳聖書

 「驚きをもって」

「証し」は、まず「父が御子を世の救主としておつかわしになったのを見る」に始まる。(Ⅰヨハネ4:14) 「見るθεάομαι」は、「ただ見る」ではない。「驚きを以て見る」の意である」が。この語は「じっくりと眺める、観察する」ことからはじまる「驚き」を伝える。イエスが「世の救主としておつかわしになった」ことの「驚き」が「証し」の内容である。

関連ギリシャ語
(θεάομαι「驚きをもって見る」G2300
(μαρτυρέω「証しする」G3140)

心のデボーション6446

「我この書を汝らに贈るは、汝ら眞理を知らぬ故にあらず、眞理を知り、かつ凡ての虚僞の眞理より出でぬことを知るに因る」 Ⅰヨハネ2:21 大正文語訳聖書

「わたしが書きおくったのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、それを知っているからであり、また、すべての偽りは真理から出るものでないことを、知っているからである。」 口語訳聖書

 「真っ赤な嘘」

「赤の他人」は「真っ赤な嘘」と同じで、「赤」は「明らか、全くの」の意味である。「赤色」が光の中で「隠しようがない」ことから来ているという。普段はわからなくても、光を当てると「はっきりと見える」ようだ。自分にはわからくても相手には分かっているのかもしれない。

関連ギリシャ語
(ἀψευδὴς「偽り」G893)
(ψεύδομαι「嘘を言う」G5574)

心のデボーション6447

「この故に我えらばれたる者のために凡ての事を忍ぶ。これ彼等をして永遠の光榮と共にキリスト・イエスによる救を得しめんとてなり。」 Ⅱテモテ2:10  大正文語訳聖書

「それだから、わたしは選ばれた人たちのために、いっさいのことを耐え忍ぶのである。それは、彼らもキリスト・イエスによる救を受け、また、それと共に永遠の栄光を受けるためである。」 口語訳聖書

 「ベンガラの壷」

古代シュメールの女性を葬った墓からベンガラを入れた壷が見つかった。ベンガラは酸化第二鉄を成分とする赤黄色の顔料である。インドのベンガル地方から運ばれた貴重なものだ。彼女は「ベンガラの壷を墓に入れて」と願ったのだろうか? それとも、彼女を愛する人がそっと置いたのだろうか? 探せばどこかに「もう一つのベンガラの壷」が見つかるかもしれない。

関連ギリシャ語
(ἐκλεκτός「選ばれた人」G1588)

心のデボーション6448

「その口より何事をか捉へんと待構へたり」 ルカ11:54  大正文語訳聖書

「イエスの口から何か言いがかりを得ようと、ねらいはじめた。」 口語訳聖書

 「言いがかり」

「何か言いがかりを得ようと」が「ねらいはじめる」。(ルカ11:54) 「狙い始めるἐνεδρεύω」は「密かにつけ狙う」の意で、彼らは、つけ狙うだけでなく、先回りして「待ち伏せ」する。姿が見えないだけに厄介な「追跡者」だ。

関連ギリシャ語
(ἐνεδρεύω「待ち伏せする」G1748)

心のデボーション6449

「僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて、兄弟の目より塵を取りのぞき得ん」 マタイ7:5 大正文語訳聖書

「偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」 口語訳聖書

 「自分を変える」

相手を変えようと思うなら自分も変わらなければいけない。自分を変えずに相手を変えることはできない。自分を変えたからといって相手も変わるべきだと考えるのも早計である。本当に変わったかを相手が確認するのに時間がかかるからだ。

関連ギリシャ語
思い
(ἔννοια「考え、思考」G1771)
(διάνοια「思い」G1271)

心のデボーション6450

「されば凡ての穢と溢るる惡とを捨て、柔和をもて其の植ゑられたる所の靈魂を救ひ得る言を受けよ。」 ヤコブ1:21  大正文語訳聖書

「だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。」 口語訳聖書

 「神の御言葉」 

「御言葉」を「心に植えつけなさい」。(ヤコブ1:21) 「植え付けるἔμφυτος」は「根を下ろす」の意。「芽吹かせ」「成長させる」ことである。「受け入れるδέχομαι」は「与えられたものをきしめる」という意味から来ている。訪れた客を戸を開けて家に受け入れ、祝福を与えるように、神の御言葉を懐深く受け入れ、喜ぶ。そこで御言葉は、耕された畑に落ちた種のように芽をだし、根をおろし、育って実を結ぶのである。

関連ギリシャ語
(ἔμφυτος「植え付ける」G1721)
(δέχομαι「受け入れる」G1209)

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