心のデボーション6431
「人に事ふる如くせず、主に事ふるごとく快くつかへよ。」 エペソ6:7 大正文語訳聖書
「人にではなく主に仕えるように、快く仕えなさい。」 口語訳聖書
「主に仕えるように」
人に仕える時には「人にではなく主に仕えるように、快く仕えなさい」。(エペソ6:7)「快くεὔνοια」は「εὖ良い、善い、よく」+「νόος / νοῦς心、思い、理性、精神」で「善意を持って」の意。神に仕えるように善意と好意をもって人に仕えなさい。主が、それに報われる。
関連ギリシャ語
(εὔνοια「快く」G2133)
(εὐπρόσεδρος「主によく仕える」G2145)
心のデボーション6432
「若き者よ、なんぢら長老たちに服へ、かつ皆たがひに謙遜をまとへ『神は高ぶる者を拒ぎ、へりくだる者に恩惠を與へ給ふ』」 Ⅰペテロ5:5 大正文語訳聖書
「同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。また、みな互に謙遜を身につけなさい。神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜うからである。」 口語訳聖書
「低い心」
聖書で「謙遜ταπεινοφροσύνη」は「低い心」を意味する。英語の「謙遜humble」は、ラテン語の「大地humilis」からとられたものである。しかし、大地はそれだけで「謙遜」ではない。山をけずり、谷を埋めなければならない。その高いところをけずり、低いところを埋める作業が「謙遜」である。「低い心」とは、高さをけずるばかりでなく、低きを埋めるのを受け入れる心である。
関連ギリシャ語
(ταπεινοφροσύνη「謙遜」G5012)
心のデボーション6433
「汝聾者を詛ふべからずまた瞽者の前に礙物をおくべからず汝の神を畏るべし我はヱホバなり」 レビ19:14 明治元訳聖書
「耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。」 新共同訳聖書
「知らずに犯す罪」
「耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置く」ことは、「神を畏れぬ行為」である。人はしばしば、知らずにこの罪を犯す。
関連ギリシャ語
(ὑπερνικάω「恐れかしこむ」G5245)
心のデボーション6434
「また弟子に言ひたまふ『視よ、なんぢの母なり』この時より、その弟子かれを己が家に接けたり。」 ヨハネ19:27 大正文語訳聖書
「それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。」 口語訳聖書
「お母さん」
「お母さん」ということばに、ビクッとして首をすくめ、身をかたくする子どももいる。逆に、「テメー、コノヤロー」とかみつく子どももいる。「おかあさーん」と甘えるマルコメ君もいる。「お母さん」ということばに子どもの心に流れる感情は、そのままその子の人生にあふれていく。自分の人生の底に流れるものを知りたかったら、「お母さん」と小さな声で呼んでみるとよい。
関連ギリシャ語
(μήτηρ「母」G3384)
心のデボーション6435
「また坑をほりてふかくし己がつくれるその溝におちいれり」 詩篇7:15 大正文語訳聖書
「彼は穴を掘って、それを深くし、みずから作った穴に陥る。」 口語訳聖書
「忘れられた穴」
彼は「いのちをとろうとして穴を掘る」(エレミヤ18:20)、しかし、「それを深くし、みずから作った穴に陥る」。(詩篇7:15)もし、穴を掘る罪を悔い改めることがあれば、掘った穴を埋め戻さなければならない。忘れられた穴は、もっと落ちやすいからである。
関連ギリシャ語
(παγίς「罠」G3803)
心のデボーション6436
「これ神の人の全くなりて諸般の善き業に備を全うせん爲なり。」 Ⅱテモテ3:17 大正文語訳聖書
「それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。」 口語訳聖書
「整う」
「神の人」とは、「あらゆる良いわざに対して十分な準備ができた」「完全にととのえられた者」である。(Ⅱテモテ3:17) 「完全にととのえられた者ἐξαρτίζω」は「完了した、仕度ができた人」の意。いつでも、どこでも、意識することなく、「あらゆる良いわざ」が行える人である。
関連ギリシャ語
(ἐξαρτίζω「整う」G1822)
心のデボーション6437
「此故にわれまたこれをヱホバにささげん其一生のあひだ之をヱホバにささぐ斯てかしこにてヱホバををがめり」 Ⅰサムエル1:28 明治元訳聖書
「それゆえ、わたしもこの子を主にささげます。この子は一生のあいだ主にささげたものです」。そして彼らはそこで主を礼拝した。」 口語訳聖書
「私がもう一度産んであげる」
大江健三郎さんが子どもの頃、強い雨の中、森に入って死にそうになったときのこと。お母さんに「僕は死ぬのだろうか」と尋ねると、「私は、あなたは死なないと思います。もしあなたが死んでも、私がもう一度産んであげるから、大丈夫」といったという。そして、「あなたが今まで見たり、聞いたり、読んだりしたこと、それら全部を新しい子に話すから、あなたとその子は同じ」というのである。(大江健三郎「自分の木の下で」より)
関連ギリシャ語
(μήτηρ「母」G3384)
心のデボーション6438
「かれらは劍のごとくおのが舌をとぎ その弓をはり矢をつがへるごとく苦言をはなち」 詩篇64:3 明治元訳聖書
「彼らはその舌をつるぎのようにとぎ、苦い言葉を矢のように放ち、」 口語訳聖書
「悪しき者の舌」
「悪しき者」は「その舌をつるぎのようにとぎ、苦い言葉を矢のように放ち」「共にはかり、ひそかにわなをかけて言う、「だれがわれらを見破ることができるか」。しかし「神は矢をもって彼らを射られる。彼らはにわかに傷をうけるであろう。」(詩篇64:3,5,7)
関連ギリシャ語
(γλυκύς「舌」G1100)
心のデボーション6439
「僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて、兄弟の目より塵を取りのぞき得ん」 マタイ7:5 大正文語訳聖書
「偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」 口語訳聖書
「ラブラドール石」
ラブラドール石(Labradorite 石曹灰長石)は、灰色の地味な石だが、見る角度によって、それは美しく神秘的な輝きを放つ。その輝きはオーロラを封じ込めたようだという。カナダのラブラドール地方で発見されたところからこの名がある。W・バークレー博士は「人間はラブラドール石のようだ」と語っている。(バークレイ『マタイ福音書』) 愛は相手にその角度を見いだす。「己が目より梁木をとり除く」と「明らかに見える」。
関連ギリシャ語
(ὀφθαλμός「目」G3788)
心のデボーション6440
「彼は必ず盛になり、我は衰ふべし」 ヨハネ3:30 大正文語訳聖書
「彼は必ず栄え、わたしは衰える。」 口語訳聖書
「彼は必ず栄え、わたしは衰える」
バプテスマのヨハネはイエスについて、「彼は必ず栄え、わたしは衰える。」と告白した。(ヨハネ3:30) キリスト者の心では「イエスが栄えるに栄え、その分、自己が衰える」。そのことが何よりも嬉しい。「衰える」は「より少なくなる」の意。
関連ギリシャ語
(αὐξάνω「栄える」G837)
(ἐλαττόω「衰える」G1642)

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