心のデボーション628

デボーション1
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心のデボーション6271

「賢人は知識をかくす されど愚なる者のこころは愚なる事を述ぶ」 箴言12:23  明治元訳聖書

「さとき人は知識をかくす、しかし愚かな者は自分の愚かなことをあらわす。」 口語訳聖書

 「知りて知らざれ」

「毛吹草」に「知りて知らざれ、大名は大耳」という。上に立つ者は「大耳」で、物事をよく聞く。知るを誇らず、謙虚である。箴言は「さとき人は知識をかくす」「おおよそ、さとき者は知識によって事をおこない、愚かな者は自分の愚を見せびらかす」と教える。(箴言12:23; 13:16)

関連ギリシャ語
(ἀκούω「聴く」G191)
(σοφός「さとき者」G4680)

(心のデボーション6271)

心のデボーション6272

「汝その隣人の妻を貧るなかれまた隣人の家 田野 僕 婢牛 驢馬ならびに凡て汝の隣人の所有を貧るなかれ」 申命5:21  明治元訳聖書 

「あなたは隣人の妻をむさぼってはならない。また隣人の家、畑、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをほしがってはならない。」 口語訳聖書

 「あこぎが浦」

三重県津市の東側の海岸は「あこぎが浦」と呼ばれ、昔からの禁漁地だった。ある男が、それをねらって網を引き、やすやすと魚を捕っていた。そこで、他人のものをあつかましくむさぼるのを、「あこぎな仕打ち」といった。今日はよく魚が釣れると思ったら、「あこぎが浦」だったということもある。そのときは、そっとそこを離れればよい。どこからが「あこぎが浦」なのか、海には柵もないのだから。

関連ギリシャ語
(ἐπιθυμητής「むさぼり」G1938)

(心のデボーション6272)

心のデボーション6273

「愚にして了知なく目あれども見えず耳あれども聞えざる民よこれをきけ」 エレミヤ5:21  明治元訳聖書

「愚かで、悟りもなく、目があっても見えず、耳があっても聞えない民よ、これを聞け。」 口語訳聖書

 「五十歩百歩」

「五十歩百歩」という。戦場で五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を、臆病者と笑うのは愚かである。どっちもどっちだ。たいがいの批判は「五十歩百歩」だ。

関連ギリシャ語
(ἀνακρίνω「愚か者」G350)

(心のデボーション6273)

心のデボーション6274

「愛しむに時あり惡むに時あり 戰ふに時あり和ぐに時あり」 伝道3:8  明治元訳聖書

「愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。」 口語訳聖書

 「憎しみ」

あなたは、「もう憎むのをやめました」という。しかし、それはただ、憎むことに疲れただけではないだろうか?「憎しみは愛に変わる」といわれる。とすれば、愛に変わる手前で憎むのをやめるのは罪である。憎しみは放置するのでなく、憎しみの意味を知ることだ。意味に近づきさえすれば、憎しみの力は弱まる。憎しみが愛に変わるのはその時であろう。

関連ギリシャ語
(μισέω「憎む」G3404)

(心のデボーション6274)

心のデボーション6275

「眞理より出づる義と聖とにて、神に象り造られたる新しき人を著るべきことなり。」 エペソ4:24  大正文語訳聖書

「真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」 口語訳聖書

 「新しき人」

神が準備されるのは、「神の義と聖にかたちどって造られた新しき人」である。(エペソ4:24) 「新しい人」は「造り主のかたちに従ってますます新たにされ、真の知識に達するのです。」(コロサイ3:10) 「神の衣」は着れば着るほど「新しく、美しく」に変化してゆく「生ける衣」である。「新しい人τὸν καινὸν ἄνθρωπον」の「新しいκαινός」は、時間的新しさではなく、質的な内的新しさである。

関連ギリシャ語
(ἔνδυμα「衣」G1742)
(καινός「新しい人」G2537)

(心のデボーション6275)

心のデボーション6276

「わが軛は易く、わが荷は輕ければなり」 マタイ11:30  大正文語訳聖書

「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」 口語訳聖書

 「主の荷」

「わたしの荷は軽い」。(マタイ11:30) 「軽いἐλαφρός」は「容易な、楽な、持ちやすい、小さな、とるに足りない」の意味である。イエスが私たちに負わせる「荷」は、「とるに足りないほどに軽く、持ちやすく」、「楽に担える荷」である。イエスが共に負ってくださるからである。

関連ギリシャ語
(φορτίον「荷」G5413)
(ἐλαφρός「軽い」G1645)

(心のデボーション6276)

心のデボーション6277

「これ神は我らの爲に勝りたるものを備へ給ひし故に、彼らも我らと偕ならざれば、全うせらるる事なきなり。」 へブル11:40  大正文語訳聖書

「神はわたしたちのために、さらに良いものをあらかじめ備えて下さっているので、わたしたちをほかにしては彼らが全うされることはない。」 口語訳聖書

 「さらにすぐれたもの」

スイスの詩人アンリ・アミエルは、「年をとることは死ぬよりも難しい」と日記に書いた。大切にしてきた宝を一度に失うよりも、毎日なし崩しに犠牲にするほうがつらいという。年をとれば、失うものも多いのは確かだ。しかし、人生には捨てなければ見ることのできない光がある。弱くならなければ生きられない強さもある。神は私の前に「さらにすぐれたもの」を用意しておられる。

関連ギリシャ語
(κρεῖσσον 「より良いもの」G2908)

(心のデボーション6277)

心のデボーション6278

「時に或百卒長、その重んずる僕やみて死ぬばかりなりしかば、」 ルカ7:2  大正文語訳聖書

「ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。」 口語訳聖書

 「頼みにする」

ローマの百卒長には「頼みにしていた僕」がいた。「頼みにするἔντιμος」は、「貴重な、尊い、高価な」の意である。百人の部下をもつ百卒長にとって、百人が、戦いにおいていのちを共にする、「尊ぶべき、価値ある、貴重な存在」であった。その一人が病むとき、この百卒長は、回復を求めてイエスを訪ねることを厭わなかったのである。「尊ぶべき、価値ある、貴重な」は百卒長と部下の間にあった、「互いが頼みにすることのできる関係」である。

関連ギリシャ語
(ἔντιμος「頼みにする」G1784)

助け手
(βοηθός「助け手」G998)
(παράκλητος「助け主」G3875)

(心のデボーション6278)

心のデボーション6279

「己がさばく審判(さばき)にて己もさばかれ、己がはかる量(はかり)にて己も量(はか)らるべし」 マタイ7:2 大正文語訳聖書

「あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。」 口語訳聖書

 「量り」

ある尺度で人を「量る」れば、その尺度で自分が「量り」与えられる。しかし、それが自分の尺度によるものであることを本人は知らないものだ。人が他人から得るものは、「自分の量る秤で量り与えた」ものなのだろう。

関連ギリシャ語
(μετρέω「量る」G3354)

(心のデボーション6279)

心のデボーション6280

「平和の繋のうちに勉めて御靈の賜ふ一致を守れ。」 エペソ4:3  大正文語訳聖書

「平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めなさい。」 口語訳聖書

 「平和の絆」

「平和のきずなで結ばれてἐν τῶ συνδέσμῳ τῆς εἰρήνης」。(エペソ4:3) 「絆で結ぶ」を意味するギリシャ語σύνδεσμοςは「鎖」の意味である。「平和」は、紙や布のような、容易く裂けるものではなく、「鉄の鎖」で二つを結ぶのである。「鉄の心」でこれを守らねばなるまい。

関連ギリシャ語
(εἰρήνη「平和」G1515)
(σύνδεσμος「絆・鎖」G4885)

(心のデボーション6280)

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