心のデボーション283

デボーション1
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† 心のデボーション 02821

「もろもろの天は神のえいくわうをあらはし 穹蒼はその手のわざをしめす」 詩篇19:1 明治元訳聖書

「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす」 口語訳聖書

 「宇宙」

「宇宙」の「宇」は屋根のひさし、のきのことで、上下四方の空間を、「宙」は棟と梁のことで過去から現代へと続く時間を現わす。時間と空間が「宙宇」である。すべての事物は「時と空間」のひろがりの中にある。行き詰まったら星を見上げて、時と空間のひろがりを思うとよいかもしれない。

(†心のデボーション02821)

† 心のデボーション 02822

「なんぢ我をかれらが密かにまうけたる網よりひきいだしたまへ なんぢはわが保砦なり」 詩篇31:4  明治元訳聖書

「わたしのためにひそかに設けた網から/わたしを取り出してください。あなたはわたしの避け所です」 口語訳聖書

 「ひそかに張られた網」

魚の背が青くて腹が白いのは、上から見ると海の青さに、下から見上げると海面の白さにまぎれ込むためだそうである。しかし、発見されにくいというのは敵から身を守るが、敵にとってはそっと近寄って攻撃する手段にもなる。それで詩人は「ひそかに張られた網から私を引き出してください」と祈る。ひそかに網を張りめぐらせる者は、いつか自分が隠した網にからめとられる。(詩篇9:15)

(†心のデボーション02822)

† 心のデボーション 02823

「凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを爲せ 其は汝の往んところの陰府には工作も計謀も知識も智慧もあることなければなり」 伝道9:10  明治元訳聖書

「すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである」 口語訳聖書

 「成し得ぬこと」

「 汝に過ぎたる働のために勞すな(できないことに手を出すな 新共同訳聖書訳)、そは人の悟り得るよりも多くのもの汝に示されたればなり。」(旧約聖書外典ベン=シラの知恵3:23  聖公会訳聖書) 「できないことに手を出すな」という知恵は、「示されたことは、/既に人間の理解を超えたもの」(新共同訳聖書訳)だからである。「できないこと」があると知るのも神からの知恵である。

(†心のデボーション02823)

† 心のデボーション 02824

「彼われを殺すとも我は彼に依賴まん 唯われは吾道を彼の前に明かにせんとす」 ヨブ13:15  明治元訳聖書

「見よ、彼はわたしを殺すであろう。わたしは絶望だ。しかしなおわたしはわたしの道を/彼の前に守り抜こう。」 口語訳聖書

 「絶望の中で」

「見よ。神が私を殺しても、私は神を待ち望み、なおも、私の道を神の前に主張しよう。」(新改訳聖書) 神が私を殺すという「絶望」のなかで、ヨブは「私は神を待ち望み、なおも、私の道を神の前に主張しよう。」と云う。それはヨブの神への抗議であった。しかし、神はヨブを退け給わず、真理をもってヨブに答えられる。

(†心のデボーション02824)

† 心のデボーション 02825

「かれはその家の事を鑒み 怠惰の糧を食はず」 箴言31:27  明治元訳聖書

「彼女は家の事をよくかえりみ、怠りのかてを食べることをしない。」 口語訳聖書

 「怠惰のパン」

「怠惰のパン」というものがある。それを食べると怠惰になるというよりも、怠惰な者はみなこのパンで満腹して動くきにならないのだ。一度その味をおぼえると止められなくなる。ただ、満腹は見せかけで、いつも空腹で満たされることはない。

(†心のデボーション02825)

† 心のデボーション 02826

「汝等ただキリストの福音に相應しく日を過せ、さらば我が往きて汝らを見るも、離れゐて汝らの事をきくも、汝らが靈を一つにして堅く立ち、心を一つにして福音の信仰のために共に戰ひ、」 ピリピ1:27  明治元訳聖書

「ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そして、わたしが行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたが一つの霊によって堅く立ち、一つ心になって福音の信仰のために力を合わせて戦い、」 口語訳聖書

 「福音にふさわしい生活」

人格はその生活を見ればおおよそのところはわかる。パウロはピリピの人々に「福音にふさわしく生活しなさい」とすすめる。ここに用いられる「生活」とは、「市民としてふさわしい生活」のことである。わたしが「この国の市民」にふさわしいかは、「一致」があるかどうかにかかっている。まず、自分自身の内に、そして他者との間に「一致」があるかどうかである。生活を見ればすべてがわかる。

(†心のデボーション02826)

† 心のデボーション 02827

「智慧ある者は怖れて惡をはなれ 愚なる者はたかぶりて怖れず」 箴言14:16  明治元訳聖書

「知恵ある者は用心ぶかく、悪を離れる、愚かな者は高ぶって用心しない。」 口語訳聖書

 「有頂天」

「有頂天」は仏教から来た言葉で、「天の中の最上にある天」を意味するサンスクリット語「bhava-agra」の漢訳だそうである。そこに昇り詰めると、もう転落しかない、危険な高さである。何ごとも「極める」ことは素晴らしいが、そこは長く留まるところではない。

(†心のデボーション02827)

† 心のデボーション 02828

「イエス之を醫したまふ」 マタイ4:24 大正文語訳聖書

「イエズスは彼らをお治しになった」 フランシスコ会訳聖書

 「昼間に受けた傷」

昼間に受けた傷は今日のうちに癒されよ。イエス癒し給う。

(†心のデボーション02828)

† 心のデボーション 02829

「かれらの目の涙をことごとく拭ひ去り給はん。今よりのち死もなく、悲歎も號叫も苦痛もなかるべし。前のもの既に過ぎ去りたればなり」 黙示21:4 大正文語訳聖書

「人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」 口語訳聖書

 「再会」

ある婦人が「先生、私たちは天国で愛する人と再会できるというのは本当でしょうか?」と質問した。するとその神学者は、「本当です。でも他の人々とも再会します」と答えたそうである。愛する人ばかりでなく、会いたくない人とも再会するからこそ、天国はすばらしいといえるのかもしれない。主は愛せないことで流した涙を「すっかりぬぐい取って」くださる。私の楽しみは天国で「本当の自分」とはじめて出会うことである。

(†心のデボーション02829)

† 心のデボーション 02830

「われ凡ての物を生かしたまふ神のまへ、及びポンテオ・ピラトに向ひて善き言明をなし給ひしキリスト・イエスの前にて汝に命ず。」 Ⅰテモテ6:13 大正文語訳聖書

「わたしはすべてのものを生かして下さる神のみまえと、またポンテオ・ピラトの面前でりっぱなあかしをなさったキリスト・イエスのみまえで、あなたに命じる。」 口語訳聖書

 「生き永らえる」

神は「すべての者を生かされる」。「生かして下さる ζῳογονέω」は「生き永らえさせる」の意味で、超自然的ないのちを指す。人は最後までを神によって生き永らえ、神の栄光に生きる。

(†心のデボーション02830)

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