心のデボーション180

デボーション1
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† 心のデボーション 01791

「人々健全なる教に堪へず、耳痒くして私慾のまにまに己がために教師を増し加へ」 Ⅱテモテ4:3 大正文語訳聖書

「自分につごうの良いことを言ってもらうために」 新改訳聖書

 「耳をくすぐってほしくて」

Aの病院で胃ガンといわれBの病院で胃潰瘍と診断され、両方から手術をすすめられたらどちらの病院で手術を受けたいだろうか。「それは、必ずBでしょう」とある医師は確信していう。

人は自分に都合のよい診断をしてくれる医師を選びたがる。

「自分に都合のよい」の原文は、「耳をくすぐってもらいたくて」である。耳が気持ちのよい言葉だけを聞きたくて、むずむずしているのだ。

(†心のデボーション01791)

† 心のデボーション 01792

「視よ我爾が必ず王とならんことを知りまたイスラエルの王國の爾の手によりて堅くたたんことをしる」 Ⅰサムエル24:20 明治元訳聖書

「自分の敵に出会い、その敵を無事に去らせる者があろうか。今日のお前のふるまいに対して、主がお前に恵みをもって報いてくださるだろう」 新共同訳聖書

 「30の異なった顔」

樋口恵子さんが、「アメリカのある都市工学者の仮説によると、人間は一日に30の異なった顔に接することが必要で、そうでない日が長く続くと、やがて知能は衰え、精神は荒廃するそうだ」と書いている。(樋口恵子「盛年」より)

現実の「一日30人」が難しくても、心の中でならできそうだ。「30の異なった顔」は自分のことかもしれない。それらの顔と親しく接していないと、やがて自分と言うものが荒廃していくのかもしれない。

(†心のデボーション01792)

† 心のデボーション 01793

「神は御意を成さんために汝らの衷にはたらき、汝等をして志望をたて、業を行はしめ給へばなり」 ピリピ2:13 大正文語訳聖書

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」 新改訳聖書

 「手入れされた水路」

神は御心のままに働き、志を立てさせ、ことを行わせてくださる。

「主の御手にあって王の心は水路のよう。主は御旨のままにその方向を定められる」 箴言21:1 新共同訳聖書

神の御手にある私の心は、あたかも「手入れされた水路」のようで、神はみ旨のままにその方向を定められる。

(†心のデボーション01793)

† 心のデボーション 01794

「われ地をつくりてそのうへに人を創造せり われ自らの手をもて天をのべ その萬象をさだめたり」 イザヤ45:12 明治元訳聖書

「このわたしが地を造り、その上に人間を創造した」 新改訳聖書

 「ありのままの私」

人が神に創られたということは、自分以外のものになる必要がないということである。神によって定められた自分を探して、遠くに旅をする必要はない。それはすでに「あなた」として、あなたの内に生きているからである。

自分のどのような側面からも逃げず、それを大切なものとして認めることだ。神はかけがえのない存在としてあなたを創られた。自分を受容することが自分の生を変えるということである。

(†心のデボーション01794)

† 心のデボーション 01795

「こは人に智慧と訓誨とをしらしめ哲言を暁らせ」 箴言1:2 明治元訳聖書

「これは知恵を知り、教育を与え、悟りの言葉を深く知るためのものであり」 フランシスコ会訳聖書

 「知恵の初め」

「知恵の初めに、知恵を得よ。あなたのすべての財産をかけて、悟りを得よ」 箴言4:7 新改訳聖書

すべてのことの「初め」に、まず「知恵」すなわち「生きた神のことば、すなわちイエス・キリスト」が置かれる。すべての「生きた知恵」は「いのちのことばであるイエス・キリスト」に聞くことから始まる。

(†心のデボーション01795)

† 心のデボーション 01796

「罪を言ひ表し、ヨルダン川にてバプテスマを受けたり」 マタイ3:6 大正文語訳聖書

「自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた」 フランシスコ会訳聖書

「且由之洗禮於約但河、自承己罪」 漢訳聖書

 「自承己罪」

漢訳聖書には「自承己罪」とある。「承」は人がひざまずいて両手でささげるさまをいう。「悔い改め」はひざまずき、自分の罪を自分で「両手でささえあげる」ことである。

(†心のデボーション01796)

† 心のデボーション 01797

「汝のために指路號を置き汝のために柱をたてよ汝のゆける道なる大路に心をとめよイスラエルの童女よ歸れこの汝の邑々にかへれよ」 エレミヤ31:21 明治元訳聖書

「道しるべを置き、柱を立てよ。あなたの心を広い道に/あなたが通って行った道に向けよ。おとめイスラエルよ、立ち帰れ。ここにあるあなたの町々に立ち帰れ」 新共同訳聖書

 「老いの道しるべ」

人間は年をとれば穏やかな人格になるとは限らない。年とともに不機嫌で怒りっぽくなった自分が嫌になることもある。今更、物分かりのよい顔などしたくないし、素顔で生きていければと思う。この年になれば、人間関係が多少ぎくしゃくしても平気で付き合える面の厚さも備わっている。

(†心のデボーション01797)

† 心のデボーション 01798

「なんぢら斷食するとき、僞善者のごとく、悲しき面容をすな。彼らは斷食することを人に顯さんとて、その顏色を害ふなり。誠に汝らに告ぐ、彼らは既にその報を得たり」 マタイ6:16 大正文語訳聖書

「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている」 新共同訳聖書

 「自分の顔」

第16代アメリカ大統領リンカーンは「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て Every man over 40 is responsible for his face.」という言葉を残した。

リンカーンは閣僚候補のある人物と会って彼を閣僚に推薦しなかった理由を尋ねられて語ったことばだそうである。ではどういう「顔」をすればリンカーンの意にかなったのだろうか? ときどき、鏡を見るだけではどうにもならない。「良い顔」というのは、そんなことは忘れた人の横顔かもしれない。

最も嫌な「顔」は「偽善者のつくる顔」である。

(†心のデボーション01798)

† 心のデボーション 01799

「もし語るならば、神の言をかたる者のごとく語り、事ふるならば、神の與へたまふ能力を受けたる者のごとく事へよ。是イエス・キリストによりて事々に神の崇められ給はん爲なり。榮光と權力とは世々限りなく彼に歸するなり、アァメン」 Ⅰペテロ4:11 大正文語訳聖書

「神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい」 新改訳聖書

 「奉仕の賜物」

人は何らかの奉仕の賜物を神から与えられている。それをもって、人はみな他者のために生きることができる。

「備え」と訳されたことばは、「踊りを指揮する」という意味である。神がくださった賜物にしたがって、私は踊る。そして、ある人は神の指揮にしたがって歌う。

奉仕の力は神が備えてくださる。

(†心のデボーション01799)

† 心のデボーション 01800

「それ金を愛するは諸般の惡しき事の根なり、ある人々これを慕ひて信仰より迷ひ、さまざまの痛をもて自ら己を刺しとほせり」 Ⅰテモテ6:10 大正文語訳聖

「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました」 新改訳聖書

 「金銭への愛」

「金銭を愛する」はギリシャ語 φιλαργυρία フィラルギュリア で、「φίλος ふィろス 愛する + ἄργυρος アルグゆロス  銀」からきたことばである。「金銭欲、貪欲」を意味する。

英語 Money の語源は、ラテン語 moneta で、moneta はJuno Moneta ジュノー・モニータという名の女神の神殿領域に造幣所があったことからくる。

アラム語 マモン Mammon は古代フェニキヤ人が「富の神」として信仰されていたものが、中間時代後期ユダヤ人社会で「不正の財」を指すようになった。

金銭への愛は、しばしば、人から信仰を失わせる。

(†心のデボーション01800)

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