心のデボーション042

デボーション1
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† 心のデボーション 00411

「ヱホバかくいふ我ら戰慄の聲をきく驚懼あり平安あらず」 エレミヤ30:5 明治元訳聖書

「おののきの声を、われわれは聞いた。恐怖があって平安はない」 新改訳聖書

 「恐怖の王」

「テロ」はドイツ語 Terror 英語 Terrorism の略で、ラテン語 terror 「恐怖」を意味する terreo の語源、さらには「震える」を意味する 印欧語 ter の語源にゆきつく。直接的な語源はフランス語のterrorismeである。

「テロ」は人々に「恐怖」を与え、「平安」を奪う。テロを行うのも、また「恐怖の人」であって、存在を脅かされた経験をもっている。

世界はヨブの「恐怖の王」のもとに「一歩一歩引き寄せられる」(ヨブ18:14)のだろうか。

(†心のデボーション00411)

† 心のデボーション 00412

「またトマスに言ひ給ふ『なんぢの指をここに伸べて、わが手を見よ、汝の手をのべて、我が脅にさしいれよ、信ぜぬ者とならで信ずる者となれ』」 ヨハネ20:27 大正文語訳聖書

「それから、トマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい』」 新共同訳聖書

 「臆病な人」

臆病な性格を恥じることはない。臆病な人は意外と大胆なところもある。怖さを知らなければ本当の冒険は出来ない。トマスは疑い深く、慎重な人だったが、復活の主を知るや大胆な宣教者に変貌した。伝説によると、トマスはその後インドまでキリストを伝えたという。臆病な人だからこそ勇気ある人になれる。

知らないでおこすよりも、知ることでおこした行動の方がよほど実り豊かである。

(†心のデボーション00412)

† 心のデボーション 00413

「汝の心を敎に用ゐ 汝の耳を知識の言に傾けよ」 箴言23:12 明治元訳聖書

「あなたは教養に意を用い、知恵ある話に耳を傾けよ」 バルバロ訳聖書

 「神用語」

アイヌ語でボケ始めた人を「神用語を使い始めた」というそうである。神との会話が始まったということか。

私の父は亡くなる直前母に「おい、俺の乗る馬が決まったぞ。白い馬だ」と不思議なことを言った。神用語だったのだろうか。「知恵ある話」を語っているのかもしれない。

(†心のデボーション00413)

† 心のデボーション 00414

「懶惰は人を酣寐せしむ 懈怠人は饑べし」 箴言19:15 明治元訳聖書

「怠惰は人を深い眠りに陥らせ、なまけ者は飢える」 新改訳聖書

 「怠惰」

怠惰の「怠」は台の下に心と書く。「台」は「止まる」に通じ、「心がとどまる」の意味である。心が働きをとどめると、人は「深い眠り」に落ちる。

「深い眠り」が心を癒すこともあるが、心は働きをと止めてはいない。そのときは「怠惰」に身を任せればよい。

しかし、心を止めるような「深い眠り」があり、その「怠惰」は人を死に導く。

(†心のデボーション00414)

† 心のデボーション 00415

「生るるに時あり死るに時あり 植るに時あり植たる者を抜に時あり」 伝道3:2 明治元訳聖書

「植えるのに時があり、植えたものを引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、いやすのに時がある」 新改訳聖書

 「青柿と熟柿」

「青柿が熟柿(じゅくし)を弔う」という。柿が熟して木から落ちるのを、まだ熟していない青柿が「弔い」の言葉を口にする。その青柿もいつかは熟柿になる、たいした違いではない。

青柿は熟柿を笑うな。熟柿は木にしがみつくな。己の時を生きればよい。

(†心のデボーション00415)

† 心のデボーション 00416

「なんぢら愼みをののきて罪ををかすなかれ 臥床にておのが心にかたりて默せ」 詩篇4:4 明治元訳聖書

「恐れおののけ。そして罪を犯すな。床の上で自分の心に語り、静まれ」 新改訳聖書

 「床の上で静まれ」

とことん話し合えばわかり合えるという信念にも危険が伴うことがある。相手がかろうじて自分を保っているような時に、その一言が相手の心のバランスを突き崩してしまうからだ。ギリギリのことろで言葉を引けるようになるには「床の上で自分の心に語る」静かさを求められる。床の上で、語ることをしなかった言葉と相手を一つにつないでみる。沈黙の対話が進むにつれて、相手の内にも危機に向き合う力が蓄えられてくる。そうして二人はわかり合うことができる。

(†心のデボーション00416)

† 心のデボーション 00417

「人すなはち黑暗を破り極より極まで尋ね窮めて黑暗および死蔭の石を求む」 ヨブ28:3 明治元訳聖書

「人はやみを目当てとし、その隅々にまで行って、暗やみと暗黒の石を捜し出す」 新改訳聖書

 「暗黒の石」

ロサンゼルス市にあるアメリカ映画産業の中心地Hollywoodは、元々はいちじく果樹園だったが、不動産業者ウィルコックスの妻がその名を気に入り別荘地にHollywood(ひいらぎの森)と名づけた。丘の中腹に巨大なHOLLYWOODの看板がある。

最初は「HOLLYWOODLAND」と13文字だった。しかし、英女優のペグ・エントウィスルが、仕事の失敗に悲観して、「H」に立てかけてあった作業用の梯子で上に登り飛び降り自殺した。その後不吉の原因は13文字にあるとして、「LAND」の4文字を撤去し、現在の9文字になったそうである。

運命の暗黒の中でも、人は「その隅々にまで行って、暗やみと暗黒の石を捜し出す」とヨブは言う。暗黒のなかをさらに掘り下げると「サファイアの出るもと」がある。そして彼は遂に「すべての宝」を見る。(ヨブ18:3~11)「暗黒の石」を手に入れたのである。

(†心のデボーション00417)

† 心のデボーション 00418

「われ汝の行爲と勞と忍耐とを知る。また汝が惡しき者を忍び得ざることと、自ら使徒と稱へて使徒にあらぬ者どもを試みて、その虚僞なるを見あらはししこととを知る」 黙示2:2 大正文語訳聖書

「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており、また、あなたが悪者どもに我慢できず、自ら使徒と称して実はそうでない者どもを調べ、彼らのうそを見抜いたことも知っている」 新共同訳聖書

 「駑馬を相する」

伯楽は優れた馬の鑑定人だった。かんばしくない者には名馬の鑑定法を教え、好ましい人物には駑馬(どば)の鑑定法を教えたという。「駑馬(どば)」は呪い馬のことである。名馬はめったにいないのでその鑑定法はすぐには役に立たず、駑馬は意外に多いので、その鑑定法の方が有効と考えてのことだった。「愛する所には駑馬を相するを教う」という。

本物を見分ける人は偽物をよく見分ける。

(†心のデボーション00418)

† 心のデボーション 00419

「我が子よこれらを汝の眼より離す勿れ 聰明と謹愼とを守れ」 箴言3:21 明治元訳聖書

「わが子よ。すぐれた知性と思慮とをよく見張り、これらを見失うな」 新改訳聖書

 「クリック」

「クリック click」は「カチッ」という音の意味で、コンピューター用語として使われる。「クリック」した瞬間、すべてが受け入れられ、閉ざされていた窓が開かれる。しかし、その世界はどこかで聞こえる「クリック」の音とともに、一瞬の内に闇に閉ざされもする。しかも、どう「クリック」しても永遠に開こうとしない。

この快楽と恐怖はどうコントロールしたらよいのだろうか。

(†心のデボーション00419)

† 心のデボーション 00420

「彼等班列にしたがひて諸共に歌を謠ひてヱホバを讃めかつ頌へヱホバは恩ふかく其矜恤は永遠にたゆることなければなりと言り そのヱホバを讃美する時に民みな大聲をあげて呼はれり ヱホバの室の基礎を据ればなり」 エズラ3:11 明治元訳聖書

「なんじら、もはやそれを肩にかく要なし。なんじらの神なる主を拝し、その民イスラエルに仕うべし。なんじらは先祖の家および部族に従いて、おのれを備えよ」 旧約聖書外典 エズラ第一書1:4 聖公会訳

 「おのれを整えよ」

レビ人は主の聖なる箱をかき、地を彷徨った。しかし、ユダヤの王ヨシアの時代に「主の箱を置き、神に仕えるためにおのれを備えよ」と命じられる時が来た。

我々はいつしか自分がとどまるべき地にいたり、肩にかつぐものを下ろし、「主に仕えるためにおのれを整えよ」という声を聞く。もう、彷徨い歩くな。

(†心のデボーション00420)

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