心のデボーション643

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心のデボーション6421

「何事よりも先づ互に熱く相愛せよ。愛は多くの罪を掩へばなり。」 Ⅰペテロ4:8  大正文語訳聖書

「何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。」 口語訳聖書

 「愛を熱く」

「何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい」。(Ⅰペテロ4:8) 「熱くἐκτενής」は「全力を注いで、熱中して、緊張して」の意味を含む形容詞である。闇雲に熱くなるのではなく、そこに「緊張」という注意深さが加わる「熱さ」である。「何よりもまず、愛に全力を注ぎなさい」「愛は多くの罪をおおう」。

関連ギリシャ語
(ἐκτενής「熱く」G1618)

(ἀγάπη「愛、愛餐」G26)
(φιλέω「愛、友愛」G5363)

心のデボーション6422

「汝らの神ヱホバに附て離れざりし汝等はみな今日までも生ながらへ居るなり」 申命記4:4  明治元訳聖書

「しかし、あなたがたの神、主につき従ったあなたがたは皆、きょう、生きながらえている。」 口語訳聖書

 「主にすがる」

夫と二人の息子を失ってナオミはモアブから故郷ベツレヘムに帰ろうとする。オルパは声をあげて泣き、別れの口づけをするが、ルツはナオミに「すがりつき」、一緒についていこうとする。(ルツ1:14)信仰は、主に「すがりつく」ことだ。神にしがみついて、今日を生きる。子どものように、神の袖をにぎって、ついてゆく。離れないようにさえしていれば、いい。

関連ギリシャ語
(ἀκολουθέω「従う」G190)

心のデボーション6423

「ある人々これらの事より外れて虚しき物語にうつり、」 Ⅰテモテ1:6  大正文語訳聖書

「ある人々はこれらのものからそれて空論に走り、」 口語訳聖書

 「空論」

「愛」から離れると「空論」がはじまる。「〔愛から〕それるἐκτρέπω」は「脇へ逸れる、横道に逸れる」こと。相手とかみ合わなくなったら「愛」が迷い出てしまったのだ。「清い心と正しい良心と偽りのない信仰とから出てくる愛」に戻りなさい。

関連ギリシャ語
(ἐκτρέπω「それる」G1624)
(ματαιολογία「空論」G3151)

心のデボーション6424

「之に言たまはく汝等わが言を聽け汝らの中にもし預言者あらば我ヱホバ異象において我をこれに知しめまた夢において之と語らん」 民数12:6  明治元訳聖書 

「彼らに言われた、「あなたがたは、いま、わたしの言葉を聞きなさい。あなたがたのうちに、もし、預言者があるならば、主なるわたしは幻をもって、これにわたしを知らせ、また夢をもって、これと語るであろう。」 口語訳聖書

 「直通電話」

ドイツ語で「神に直通電話をかける」という表現は「頭がおかしい人」という意味だそうである。「神の声が聞こえる」というのは「霊が見えます」というのと同じで、少々こわい。しかし、私は、神に耳をすますのが嫌いではない。神に直通電話をかける。神からの応答はいつも沈黙で、その静けさから「ことば」がうまれる。

関連ギリシャ語
(προσεύχομαι「祈る」G4336)

心のデボーション6425

「善を行ひて愚なる人の無知の言を止むるは、神の御意なればなり。」 Ⅰペテロ2:15 大正文語訳聖書

「善を行うことによって、愚かな人々の無知な発言を封じるのは、神の御旨なのである。」 口語訳聖書

 「不捨遺」

「不捨遺」は、「道に落ちている物さえ拾わない」の意であるが、高い道徳心をあらわすことも、また厳しい刑罰を恐れるの意の場合もある。道に一円玉が落ちていたら、今でも私は拾う。道徳心によらず、只の貧乏性からの咄嗟の行為である。

関連ギリシャ語
(ἀγαθοεργέω「善を行う」G14)

心のデボーション6426

「往て人の是非をいふ者は密事を洩し 心の忠信なる者は事を隱す」 箴言11:13  明治元訳聖書

「人のよしあしを言いあるく者は秘密をもらす、心の忠信なる者は事を隠す。」 口語訳聖書

 「バラの花」

バラは「秘密」を意味する花だそうである。ローマ時代に、バラの花が吊された場所で話されたことは秘密にしなければならなかった。愛する人にバラを贈るのは、「秘密を守って」というメッセージかもしれない。バラの花と共に贈るのは「真実の心」である。「事を秘める人」にこそ出会いたいものだ。その人はバラの花の香りがするかもしれない。

関連ギリシャ語
秘密
(ἀπόκρυφος「秘密」G614)
(κρυπτός「秘密」G2927)
(κρύπτω「覆う、秘密にする」G2628)

心のデボーション6427

「しばしば旅行して河の難、盜賊の難、同族の難、異邦人の難、市中の難、荒野の難、海上の難、僞兄弟の難にあひ」 Ⅱコリント11:26  大正文語訳聖書

「幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、」 口語訳聖書

 「荒野の難」

「荒野の難ἐρημία」は「孤独の難」である。多くの友を得たと思っていたが、いつの間にか荒野だったということもある。現代では「都会の難」かもしれない。だが、しばしば「荒野」は「神との出会いの場」である。孤独は人を聖なる所に導く。

関連ギリシャ語

荒野
(ἔρημος「荒野」G2048)
(ἐρημία「荒野」G2047)

心のデボーション6428

「かく汝ら神の子たる故に、神は御子の御靈を我らの心に遣して『アバ、父』と呼ばしめ給ふ。」 ガラテヤ4:6  大正文語訳聖書

「このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである。」 口語訳聖書

 「御子の霊」

心に「神」を思うのは、神が「御子の霊」を送ってくださるからである。「送るἐξαποστέλλω」は「派遣する」の意である。神は「御子の霊」を「私」に派遣して(届けて)くださる。

関連ギリシャ語
(ἐξαποστέλλω「送る」G1821)

心のデボーション6429

「僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて、兄弟の目より塵を取りのぞき得ん」 マタイ7:5 大正文語訳聖書

「偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」 口語訳聖書

 「兄弟の目のちり」

なぜ、それほどにまで兄弟の目の「ちり」をとりたがるのか? 自分の目にある「丸太」のせいである。自分の目の丸太を除くと、それまで見えていた兄弟の目の「ちり」が見えなくなる。

関連ギリシャ語
(ἀνακρίνω「批判する」G350)

心のデボーション6430

「汝ら怒るとも罪を犯すな、憤恚を日の入るまで續くな。」 エペソ4:26  大正文語訳聖書

「怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。」 口語訳聖書

 「不蔵怒」

孟子は「不蔵怒」(怒りをいつまでも胸に抱いたままにするな)と教える。聖書は「怒ることがあっても罪を犯すな」と教える。怒っても罪を犯さない人は「憤ったままで、日が暮れるようなことはない」。(エペソ4:26) 朝まで怒るな。  

関連ギリシャ語
(θυμόω「怒る、激怒する」G2373)

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