心のデボーション632

デボーション1
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心のデボーション6311

「キリストの言をして豐に汝らの衷に住ましめ、凡ての知慧によりて、詩と讃美と靈の歌とをもて、互に教へ互に訓戒し、恩惠に感じて心のうちに神を讃美せよ」 コロサイ3:16 大正文語訳聖書

「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい」 口語訳聖書

 「キリストの言葉」

「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい」。(コロサイ3:16) 「宿るἐνοικέω」は「中に住む、内在する」の意。私たちの内に内在される「キリストのことば」は「知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえる」。詳訳聖書(いのちのことば社)「宿らせἐνοικέω≪あなたがたのうちんみ〔全く〕豊かに住まわせなさい≫」。御言葉の豊かさは霊的豊かさの源泉である。

関連ギリシャ語
(ἐνοικέω「宿らせ」G1774)

(心のデボーション6311)

心のデボーション6312

「是故に人は其父母を離れて其妻に好合ひ二人一體となるべし」 創世記2:24  明治元訳聖書

「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。」 口語訳聖書

 「ずぼらな夫」

隙のない男性と思って結婚したら、意外とずぼらな人だったということは珍しくない。きれい好きと思えた女性が、整理整頓はまるでダメということもある。夫にいつまでも「魅力ある男」を期待すべきだろうか。妻もまた、いつまでも「魅力ある女」ではいられない。「魅力ある男」よりも「魅力ある夫」を期待してほしい。それには、相手の「ずぼら」とも「結び合う」ことが必要かもしれない。「人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである」。(創世2:24) 「結び合い」はLXXではπροσκολλάωで、この語は「膠で固める」の意である。夫婦は互いに「膠でかためられた」関係である。

関連ギリシャ語
(προσκολλάω「一体となる」G4347)

(心のデボーション6312)

心のデボーション6313

「心に思慮なければ善らず 足にて急ぐものは道にまよふ」 箴言19:2  明治元訳聖書

「人が知識のないのは良くない、足で急ぐ者は道に迷う。」 口語訳聖書

 「亡羊之歎」

「亡羊之歎(ボウヨウのタン)」という。迷い出た羊を追って、分かれ道をゆくうちに、すっかり見失ってしまった。学問が多岐にわたり、真理を見出すことが難しくなることの例えである。その時は、立ち止まり、自分の位置と見失った羊の位置を確認するとよい。やみくもに動いては、ますます混乱する。「迷う」のギリシャ語ἐκχέωには「台無しにする」の意味もある。

関連ギリシャ語
(ἐκχέω「迷う」G1632)

(心のデボーション6313)

心のデボーション6314

「アロンの杖が芽をふき、つぼみを出し、花をつけ、アーモンドの実を結んでいた。」 民数17:8

「その翌日、モーセが、あかしの幕屋にはいって見ると、レビの家のために出したアロンのつえは芽をふき、つぼみを出し、花が咲いて、あめんどうの実を結んでいた。」 口語訳聖書

 「目覚める心」

「あかしの天幕」に置かれたアロンの杖が芽をふき、つぼみを出し、花をつけ、アーモンドの実を結んだ。「アーモンド」はヘブル語「シャーケード」で、「見張る、目覚める」という意味である。まだ冬の厳しさの残る時期に、いち早く春がすぐ近くに来ていることを告げる花だ。氷のように冷たい心にもぬくもりはある。「目覚める心」はその気配を感じとり、芽を出し、蕾を出して、春を告げる。「目覚めるἀνανήφω」は「正気に戻る」の意。

関連ギリシャ語
(ἀνανήφω「目覚める」G366)

(心のデボーション6314)

心のデボーション6315

「されど汝は何事にも愼み、苦難を忍び、傳道者の業をなし、なんぢの職を全うせよ。」 Ⅱテモテ4:5  大正文語訳聖書

「しかし、あなたは、何事にも慎み、苦難を忍び、伝道者のわざをなし、自分の務を全うしなさい。」 口語訳聖書

 「磯ばたで船を破る」

ことわざに「磯ばたで船を破る」と言う。荒波を、何とか乗り切って磯に近づき、そこで思わぬ座礁する。完成間近に、すべてを失うようなことが起こることの例えである。「磯」には、荒波を越える思いで近づかなければならない。

関連ギリシャ語
(νήφω「慎み深くある」G3525)
(πληροφορέω「全うする」G4135)

(心のデボーション6315)

心のデボーション6316

「その頃バプテスマのヨハネ來り、ユダヤの荒野にて教を宣べて言ふ」 マタイ3:1  大正文語訳聖書

「そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、」 口語訳聖書

 「ユダヤの荒野」

バプテスマのヨハネは「ユダヤの荒野」に現れ、「悔い改めよ、天国は近づいた」と教えを宣べた。「荒野ἔρημος 」 は「荒れた、荒涼とした、人の住まない荒野」を意味する。この言葉には 「神から離れた、見捨てられた、孤独な心」を含まれている。バプテスマのヨハネは道なき荒野で、道を見失った人々に、主のメシアの出現を告げ、人々の心に主を迎える道を整えたのである。その意味で、ユダヤの荒涼とした荒野はヨハネの奉仕にこそ、ふさわしい場であった。(マタイ3:1)

関連ギリシャ語
(ἔρημος「荒野」G2048)

(心のデボーション6316)

心のデボーション6317

「汝等は我を害せんとおもひたれども神はそれを善にかはらせ今日のごとく多の民の生命を救ふにいたらしめんとおもひたまへり」 創世50:20  明治元訳聖書

「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。」 口語訳聖書

 「姑息」

「姑息」とは、その場逃れの間に合わせをいう。漢字の「姑」は「婦女」、「息」は「子ども」の意味で、「女、子どもの」という少々さげすみの感情が含まれる。しかし、人の計らいはどれも姑息なものだ。しかし、神は人の「悪しき計らい」を「良き計らい」としてくださるとヨセフは告白する。「その場逃れの間に合わせ」が、神のみ手の中で最も良い手だてになることもある。

関連ギリシャ語
(προνοέω 「計らい」G4306)

(心のデボーション6317)

心のデボーション6318

「イエス彼らの思を知りて言ひ給ふ『すべて分れ爭ふ國はほろび、分れ爭ふ町また家はたたず。」 マタイ12:25  大正文語訳聖書

「イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。」 口語訳聖書

 「内部で分かれ争う」

「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない」(マタイ12:25)  「内部で別れ争え」ば、町であれ、国であれ、人であれ、「立ち行かない」。「内部で分かれ争うκαθ᾽ ἑαυτῆς ἐρημοῦται」は

「自分自身に逆らって分れ争えば」。「分かれ争うἐρημόω」は「砂漠」を意味する「ἐρῆμος」に由来し、「荒廃させる、破壊に向かう」の意である。「ἐρημόω」がもたらすものは荒廃した破壊と孤立である。

関連ギリシャ語
(ἐρημόω「分かれ争う」G2049)

争い
(ἄμαχος「争い」G269)
(ἐρίζω「争い」G2051)
(ἔρις「争い」G2054)

(心のデボーション6318)

心のデボーション6319 

「いつはりの權衝(はかり)はヱホバに惡(にく)まれ 義しき法馬(ぶんどう)は彼に欣(よろこ)ばる」 箴言11:1 明治元訳聖書

「偽りのはかりは主に憎まれ、正しいふんどうは彼に喜ばれる。」 口語訳聖書

 「不正」

ある鉄を扱う業者がいた。ある日のこと、鉄を満載したトラックを車ごと測る台貫に妙な動きがあった。重さを示す針がゼロを示すのだ。そこで台貫の蓋をあけて内部を調べると、一人の男が潜んでいるのが発見された。男は深夜、車も計れる台貫のなかに潜り込み、外の仲間から合図があると自分が錘になって、台貫のメモリを誤魔化したのである。男が外の合図を聞き間違えて、空車なのに錘にぶら下がったため、メモリがゼロになって、不正が発覚したのだった。人間が「計り」の中に潜り込んで、都合よく誤魔化すことがある。利益のためなら、人はどこにでも潜り込んで不正な操作をする。

関連ギリシャ語
(μετρέω「量る・量り与える」G3354)
(μέτρον「量り」G3358)

(心のデボーション6319)

心のデボーション6320

「彼等また塵をおのが首に被りて泣き悲しみ叫びて「禍害なるかな、禍害なるかな、此の大なる都、その奢によりて海に船を有てる人々の富を得たる都、かく時の間に荒涼ばんとは」と言はん」 黙示18:19  大正文語訳聖書

「彼らは頭にちりをかぶり、泣き悲しんで叫ぶ、『ああ、わざわいだ、この大いなる都は、わざわいだ。そのおごりによって、海に舟を持つすべての人が富を得ていたのに、この都も一瞬にして無に帰してしまった』。」 口語訳聖書

 「大いなる都」

その「都」は栄え、「海に舟を持つすべての人が富を得て」、やがて「大いなる都」となった。しかし、「大いなる都」はその繁栄を誇り、高ぶった。そして、繁栄の最中に「一瞬にして、すべてを無に帰してしまった」。(黙示18:19) 人は廃墟にならなかった「大いなる都」を知らない。

(φυσιόω「高ぶり」G5448)
(ἐρημόω「荒れ廃れる」G2049)

(心のデボーション6320)

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